西側世界の没落とロシア優位の構図 滝澤伯文
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対ロシア経済制裁も「反ロシア」誘導も機能せず
中間選挙を目前に控えた10月下旬、米国の株式市場は反発の動きを見せている。市場参加者の間で、「米連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利引き上げのペースを落とす」との期待が醸成されたためだ。>>特集「歴史に学ぶ 戦争・インフレ・資本主義」はこちら
英国でトラス前首相が経済失政により就任後わずか45日で辞意表明に追い込まれた中で、米英アングロサクソンとは一線を画す欧州関係者が、各国・地域の中央銀行群に対し、金利引き上げをやめるように働きかけた。これを受け、米国でも、民主党のリベラル派といわれる上院議員を中心にFRBにこれ以上の利上げを再考するように働きかけが始まっていた。共和党よりも市場管理にたけている民主党政権が、大事な中間選挙に向けて何もしないはずがない。レッセフェール(自由放任主義)のように見える米国株式市場だが、時の政権が選挙を有利に運ぶための舞台装置になることもある。
西側エリートのうぬぼれ
ところで、「バイデン政権」と一口にいうが、そこに参集するエリートたちは決して一枚岩ではない。ホワイトハウスは、旧ソ連との冷戦勝利後は「次の選挙」に勝つことが最優先となる目標である。国務省は米国の単独覇権を守ることが任務であり、財務省はそのために覇権通貨ドルの価値を守らねばならない。そして最後の砦、国防総省は軍事で米国の不敗神話を守らないといけない。日本のメディアはこうした事情を区別することができていないのだが、米国の権力中枢部が何を考え、どのような意図で情報を発信しているのか。それぞれ違いを知った上で各政府機関の報道官のスピーチの意図を理解することが重要だ。
ソ連という強大な敵がいた冷戦時代までは、ホワイトハウスが全てをコントロールしている印象だった。だがその冷戦に勝利し、目標が達成された後は、ホワイトハウスが最終的な仕切り役を担っている状況にはない。それこそが、「ディープステート(DS、影の国家)」といわれる政財界の実力者たちの存在が注目される理由だ。トランプ前米大統領やジョンソン元英首相が公の場で口にしたDSについて言及すると、「陰謀論者」と批判が来るのは承知している。だが英米といった世界の頂点に立った経験を持つ覇権国には、母国の権勢を可能な限り維持しようと考えるパワー・エリートたちが存在するのは当然のことである。
まもなく80歳を迎える高齢のバイデン大統領本人の政権掌握力は弱く、ウクライナ戦争を見る限り、米国では国務省関係者の働きかけが際立っている。しかし、米国の単独覇権維持と西側ルールによる「永遠の世界支配」への欲望は、地球人口のおおむね15%に過ぎない西側世界のエリートたちだけの「幻想」になりつつある。西側は追い込まれているのだ。なぜなら、西側が発動した対ロシア経済制裁やウクライナへの軍事支援、さらには外交面でのロシアの「悪魔化」はいずれも狙い通りに機能せず、逆にロシアのプーチン大統領に主導権を奪われている。
その現実を突きつけられているのがウクライナ戦争だ。戦争が発生した理由と戦況報告において、西側の政権と主要メディアが、これほどまでに現実を無視したナラティブ(語り口)を発表し、報道している事例は過去に記憶がない。見方を変えれば、それだけ西側が追い込まれていることの証左であるといえよう。
戦争の始まりは、2014年2月、親露派だった当時のヤヌコビッチ大統領政権が倒れた「マイダン革命」にさかのぼる必要がある。ヤヌコビッチ氏の後任のポロシェンコ前ウクライナ大統領による、「ミンスク合意(ウクライナ軍と東…
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週刊エコノミスト
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