法務・税務

狙われる富裕層 為替差益を捕捉し出国税を徴収 高鳥拓也

為替差益には注意が必要(Bloomberg)
為替差益には注意が必要(Bloomberg)

 他国の税務当局との情報交換を通じ、国税当局が富裕層の海外財産や申告漏れの捕捉を強めている。>>特集「狭まる包囲網 税務調査」はこちら

海外口座情報は190万件超

 税務調査はいわゆる富裕層を中心に、申告漏れの国外財産額や国外所得額が大きい順番に実施される傾向にあるが、最近の税務調査では一般の個人課税部門でもCRS(Common Reporting Standard=共通報告基準)情報を活用したケースが目立つようになっている。

 CRSとは、非居住者の金融口座の情報を他国の税務当局との間で自動的に交換する仕組みで、経済協力開発機構(OECD)が策定した。口座保有者の個人情報(氏名、住所、マイナンバーなど)、収入情報(利子・配当などの年間受け取り総額)、残高情報(口座残高)などが対象になる。

 日本では2018年9月末に1回目が実施された。20年9月末実施の3回目の情報交換では、87カ国・地域から約191万件の日本居住者の海外口座情報が、国税庁に提供された。提供された口座残高は約12.6兆円にのぼる。1回目の情報交換は、原則として、新規開設口座と100万ドル超の個人口座が対象であったが、2回目以降は、これらに加えて100万ドル以下の個人口座と法人口座も対象となった。

 海外資産の開示制度としては、年末時点で5000万円超の国外財産を持つ場合、国外財産調書の提出が義務づけられているが、20年分の提出件数は1万1331件で、国税庁が制度導入時に想定していた提出件数に達しておらず、富裕層国外資産の氷山の一角と考えられる。国外財産調書の自主提出が伸び悩む中、国税庁が税務調査の切り札とするのがCRSの情報なのだ。

 情報の提供元には、日本人富裕層の主要な海外資産運用拠点であるシンガポール、香港、スイス、や英領バージン諸島(BVI)など一部のタックスヘイブン(租税回避地)も含まれている。20年9月末の3回目の情報交換では、日本と人的・経済的な関係が深い台湾も対象国に加わった。

コロナ禍で国際案件に注力

 CRS情報の活用が本格化した背景には、直近2年間のコロナウイルス禍によって税務調査が制限されたことにより、より多くの国税調査官が国税庁の「国際戦略トータルプラン」で示された情報リソースの収集・分析に充てられ、CRS情報を活用する体制が着実に整ってきたことがあるだろう。

 CRS情報のデータベースがあれば、調査経験の浅い調査官でも調査官個人の能力に依存せず、国際税務案件の支援を行う専門官の協力を得ながら、効率よく課税ができる。調査官不足で調査件数を減らさざるを得ない状況において、CRS情報を活用した調査が優先的に実施されているだろうことは想像に難くない。

 税務調査の現場では、CRS情報に含まれていない海外口座の入出金情報を把握して相続・贈与など財産形成の経緯、他口座や他財産の存在、仮装隠蔽(いんぺい)の意図などを確認されることになる。

 税務署が納税者本人に調査対象年分の海外口座の入出金記録などの国外財産情報の開示を要求するが、納税者が協力的でない場合や口座が既に閉鎖されている場合は情報の入手が難しく、調査が膠着(こうちゃく)状態になることが多い。この場合、租税条約の要請に基づく情報交換を通じて、情報の入手を図ることになるが、適切な情報が提供されるかは相手国次第であり、また、相応の時間がかかるため、更正期限を経過することがあった。

 そのため、20年度の税制改正で、納税者が税務調査時に調査官の求めに応じて資料を開示しない場合は、調査官が所定の手続きを取ることで、いわゆる税金の時効を原則の5年間(偽りやその他不正の場合は7年)から3年間延長されることとされた。CRS情報で海外資産の申告漏れの端緒を捕捉されて税務調査となった場合は、課税から逃げられないと捉えるべきだ。

文書で納税者に接触

 筆者が関与する事案では、海外進出や海外投資をしている中小企業のオーナーが、法人税や個人所得税など複数の税目を横断的に調査する「総合調査」のなかで、CRS情報を端緒として、個人所得や贈与の申告漏れを指摘されるケースが多い。2代目・3代目の経営者の中には、先代経営者から無申告の海外資産の存在を知らされ、顧問税理士にも相談できず、対応に苦慮している人も多いだろう。

 また、会社経営者以外にも、海外資産の取り締まりが厳しくなかった時代に親世代が海外に資金を持ち出し、子どもの名義で開いた口座があるものの、過去の記録がないため、申告したくてもできないとの相談も寄せられる。いずれの場合も、税務調査を受ける…

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週刊エコノミスト

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