【再掲】キャッツ事件再審請求の細野祐二さんインタビュー「公認会計士をクビになって本当の会計士になれた」(2016年11月11日)
害虫駆除会社「キャッツ」の決算を粉飾したとして2004年、東京地検特捜部に証券取引法(現・金融商品取引法)違反の虚偽記載の罪で起訴され、執行猶予付きの有罪が確定した元公認会計士、細野祐二さんが12月20日、東京地裁に再審請求を申し立てた。
細野さんは『週刊エコノミスト』2016年11月11日号の「ワイドインタビュー問答有用」で、キャッツ事件について、そして現在の会計士の問題点について、語っている。当時の記事を再掲する。※記事中の事実関係、肩書、年齢等は全て当時のまま
ワイドインタビュー問答有用
会計士の欺瞞を暴く 細野祐二・会計評論家
週刊エコノミスト2016年11月11日号掲載
会計のプロを襲った自らの粉飾決算事件。有罪ありきのシナリオで自白調書としてサインさせようとする検察、推定有罪で進む過酷な裁判体験を通じて開いた新境地を語る。
(聞き手=浜條元保・編集部)
── 大手監査法人がなぜ東芝やオリンパスの不正会計を見抜けなかったのですか。
細野 今の監査は企業の第2経理部に過ぎず、独立監査人としては何もしていないのに等しいからです。会社側が出してきた財務諸表に「適正意見」という定型のシールを貼って出すだけ。東芝のような10億円単位の報酬を得ている大収益源のクライアントの意に沿わない監査意見など、出せる環境にもなければ、出せる体制にもなっていません。
大企業の会計不祥事が相次いでいる。不正に手を染めた経営トップの責任は重大だが、100人近い会計専門家を動員し、年間数十億円の報酬を受け取って会計監査を実施してきた大手監査法人が、不正を見抜けなかった責任もそれに劣らず重い。
◇「寄生虫」と見下されても
── 体制のどこに問題があるのですか。
細野 そもそも公認会計士には、財務諸表に対する意見表明(批判)、会計処理の指導、実務に基づいた会計基準作りという三つの役割があります。しかし、後述する私の「キャッツ事件」をきっかけに、会計士にできることは意見表明だけとなり、指導などができなくなったのです。指導など面倒なことは、やらないほうがいいことになりました。
── 企業経営者と密接なコミュニケーションが取れず、信頼関係を築けなくなったということですか。
細野 そうです。以前は、特にベンチャー企業の場合ですが、店頭公開や上場にこぎつけるには、財務諸表の作成方法、資金調達、提携先選びなど、経営者と一緒に汗をかいて、まさに会計士が企業を育て上げるという醍醐味(だいごみ)がありました。
今は経営者と会計士との間で、そんな泥臭い付き合いはなく、大企業になればなるほど機械的で無機質な監査業務・体制になってしまっています。大手監査法人に入社してくる若手や中堅幹部は大過なく過ごそうとするサラリーマン会計士だらけです。
クライアント企業からは「寄生虫」と見下され、それに甘んじているような現状では、不正会計を正すなんて夢のまた夢。不正会計や粉飾決算の防止と発見こそ、公認会計士の社会的存在意義ですが、今やそれが認められない深刻な事態に陥っています。
細野さんは1975年に大学卒業後、大手監査法人で会計監査およびコンサルタント業務に携わり、8社を株式上場させるなど順風満帆だった。90年から害虫駆除処理会社の「キャッツ」の担当公認会計士として会計、経営指導にあたり、店頭公開を果たした。しかし、同社の株価操縦事件で、虚偽の有価証券報告書などを作成したとして、証券取引法違反(虚偽記載)の罪に問われ、2004年3月に逮捕・起訴、会計士生命を絶たれた。いわゆる「キャッツ事件」である。
◇守秘義務守り逮捕
── 東京地検特捜部の取り調べで、自白調書へのサインを最後まで拒み続けたのは、なぜですか。
細野 私がキャッツの粉飾決算に加担共謀した事実はありません。また、粉飾決算そのものがないことを客観的事実を示して説明しました。しかし、担当検事は聞く耳を持たず、粉飾決算に加担共謀したという特捜部のシナリオを調書にしたからです。私はウソの調書にどうしてもサインすることができませんでした。
公認会計士や税理士といった職業専門家には、クライアントに対する厳格な守秘義務が課されています。その一方で、事件になればクライアント企業は我々を守ってくれないばかりか、責任を押し付けて自らの保身に走る。私は取り調べに対して、クライアントの守秘義務を守り続けたところ、逮捕されてしまいました。
── キャッツの元社長ら幹部や顧問弁護士たちは、細野さんと同時期の取り調べで粉飾決算を認めて自白調書にサインしました。その結果、逮捕されても起訴猶予になったり、逮捕を逃れた人がいました。結果的に細野さんは、キャッツ幹部らによって、粉飾決算の加担首謀者に祭り上げられた格好です。
細野 それぞれに家庭や仕事の問題を抱えていて、仕方がなかったのだと思います。私には元社長ら幹部に対する恨みや怒りはありません。
キャッツは害虫駆除ベンチャーとして、とても魅力的な会社でした。70年代半ばの創業ですが、当時、無料検査と称してわざとシロアリを床下にばらまいて顧客をだます不良業者が多い中で、キャッツは顧客に対して5年間の無料サービス保証を付けるという画期的な営業戦略をとっていました。駆除処理した家屋は向こう5年間、シロアリが出ることはないと保証し、万が一シロアリが発生すれば、無料で駆除するというサービスです。また、徹底した成果主義・人事で、業績を急拡大させていました。しかし、急成長に内部管理体制が追い付かず、会計に至っては町の零細企業のレベルでしたね。
── そこで細野さんが、指導を始めたわけですね。
細野 店頭公開を目指すベンチャー企業として、私が担当するようになったのは90年からです。当時、私と元社長ら幹部は30~40代の働き盛り。会計指導にとどまらず、提携先探しや資金調達方法など、必死でキャッツを支えました。90年代前半のバブル崩壊後に、特定金銭信託(特金、証券会社による一任勘定運用)の失敗で経営危機に陥ったこともありましたが、私が資金繰りに奔走して、どうにか危機を回避。その後、順調に業績を伸ばして、95年9月に店頭公開を果たしました。
裁判は1審、2審判決とも有罪判決で、最高裁への上告は棄却され、07年7月に細野さんの有罪が確定する。
◇推定有罪が前提の裁判
── キャッツの元幹部らは、1審では細野さんが粉飾決算に加担共謀したと証言したのに、2審では一転して逆転証言を行いました。また、細野さんが粉飾決算に加担共謀したという会議の日に、海外主張中だった事実も提示されましたが、結局、有罪が確定してしまった。
細野 私も2審では逆転無罪を確信していただけにショックでした。判決では、会計原則の根拠や理由を一切示すことなく、粉飾決算は疑う余地がないと結論付けているのですから、もうどうしようもありません。
── 細野さんにとって、キャッツ事件とは何だったのでしょうか。
細野 日本の司法では、一度嫌疑をかけられてしまうと、それを強硬に否定したり抗弁したりするほど、嫌疑が強められてしまうという怖さを知りました。いくら私が「会計原則にのっとって適切な会計処理をした」と説明しても、司法は理解しようとしません。
裁判官には会計の基礎知識がないため、理解力に乏しいうえに会計士と法律家では、その使用言語が異なるため言葉が通じないのに等しい。日本では、検察官によって逮捕・起訴されれば、裁判は推定有罪を前提に進むという典型的な事例だったと思います。
── 逆転無罪の可能性はほぼ絶望的なのに、なぜ最高裁に上告したのですか。
細野 私は常に適正な決算を指導してきており、決算は適正だったからです。適正な決算を粉飾と誤認する判決は、人類の英知である企業会計原則の否定にほかならず、これを国家の判例としてはならないと、強い危機感を抱きました。
キャッツ事件における特捜検察との攻防を描いた細野さんの著書『公認会計士vs特捜検察』(07年、日経BP社)は、大きな反響をもたらした。「担当会計士が粉飾を指南したと、クライアント企業の経営陣に口裏を合わされたら、会計士はひとたまりもない」といった現役会計士の戸惑いや推定有罪で、連日取り調べが進み調書にサインを迫られる生々しい描写に驚きの声が上がった。事件後、大手監査法人により除名処分を受けた細野さんに、会計問題を抱えた企業関係者からの相談が殺到した。
── 引き受けた仕事の中で、特に印象深いものは?
細野 破綻状態だった山口県下関市の海砂会社の復活は、わかりやすい事例でしょう。海砂はきめ細かくて、関西国際空港のように海上を埋め立てるのに最適ですが、全国で採取できる地域は下関と長崎県などに限定されていました。そんな貴重な海砂を採取する会社が、利害関係者や反社会的勢力に食い物にされた結果、破綻状態に陥り困り果てていると地元関連業者から相談されたのです。
── どうしたのですか。
細野 下関に何度も足を運び、復活させる方法を考えました。相談を受けた時の海砂会社は破産宣告を受けた後、破産手続き中のまま放置されていました。復活させるには、破産手続き中の8年間の財務諸表を作成し、裁判所に破産破棄を認めさせるとともに、その間の税務申告などの手続きが必要でした。
── 具体的に会社は、どんな状態だったのですか。
細野 破産前の会社の関係者はすべて夜逃げ状態。登記上の住所があるだけで、事務所もなければ、従業員もいない。会計帳簿も記録も何もない状態の中で、裁判所と税務署に提出できるような8年分の財務諸表を復元しなければなりませんでした。
私は、破産裁判記録から抽出した各年度の海砂の採取量から各年度の損益を推定し、8年分の財務諸表を復元して、裁判所と税務署に提出できました。これで破産会社の復活完了です。依頼人だけでなく地元経済界、そして恐れ多くも税務署からも感謝されました。
── キャッツ事件がなく大手監査法人の幹部のままだったら、こんな依頼を引き受けましたか。
細野 絶対に受けないでしょう。今の監査法人では、こんなややこしい案件は断ることになっています。
── 細野さんの中で、何が変わったのでしょうか。
細野 私はキャッツ事件で大手監査法人を解雇され、公認会計士の資格を剝奪されました。『公認会計士vs特捜検察』を書いた影響が大きかったのだと思います。本を読んだ全国の企業経営者や政治家がいろんなつてを頼って、私に相談に来るようになりました。
会計問題で困っている企業や経営者の多さを改めて痛感すると同時に、事件で否定された公認会計士の指導的機能こそ、社会が求めているのだと勇気づけられました。大手監査法人の幹部社員のままでいたら、こうしたことに絶対に気づけなかったと思います。解雇され公認会計士をクビになって、ようやく本当の会計士になれた気がします。
── 企業の業績が悪くなり経営が不安定化すると、監査のリスクが高まるとして契約を解除する大手監査法人があります。
細野 経営が不安定な会社ほど、質の高い監査が必要です。監査の意義も高くなります。リスクが高いからと、大手が監査契約を解除するのはプロとしての責任回避です。大手が断れば中小や個人の公認会計士が監査を行わざるを得ず、監査の質が落ちます。その結果、不正の防止は難しくなり、それが発覚するとさらに企業会計に対する投資家や消費者の不信が強まるという悪循環に陥る。
◇庶民感覚から遠のく会計
── 国際会計基準(IFRS)が日本企業でも採用されるなど企業会計は複雑になるばかりの現状をどうみますか。
細野 政府は「貯蓄から投資へ」と大号令をかけてきましたが、それが一向に進まない原因の一つは、会計制度や財務諸表の複雑さにあると思います。個人投資家や一般市民から、財務諸表や会計制度がどんどん遠くなっているように感じられてなりません。その典型が、東芝不正会計で注目された「のれん代」の減損問題です。
── 何が問題だったのですか。
細野 東芝は米国の原発会社のウェスチングハウス(WH)を高く買い過ぎ、過大なのれん代を計上していました。WHののれんが高過ぎるというのは、当時から指摘されたことですが、11年の東日本大震災時の福島原発事故の結果、こののれんに価値がないことは明らかとなりました。買収時のばら色の原発事業計画が破綻したからです。市民感覚からすれば、価値のないのれんが減損されない会計上の理屈は理解に苦しみます。ところが、WHが予想通りの収益を生んでいないにもかかわらず、東芝経営陣は「収益性に問題なく、のれん代の減損は不要」と主張し、大手監査法人もそれを認めていた。
── ほかに一般市民の感覚とのズレを感じることはありますか。
細野 会計に明るくないビジネスマンに、日本航空の会計処理を説明していた時です。航空機を170億円で購入したが、名門の日航だから170億円で買えたはずで、他の航空会社なら200億円はかかったという理屈で、30億円の値引き(リベート)があったと同じことにして、日航は航空機を200億円で資産計上すると同時に、30億円を利益計上するという粉飾をやっていました。説明を受けたビジネスマンが「買い物をしてもうかるというのは、どう考えてもおかしい」と漏らした感想が新鮮でしたね。広く一般社会の常識と照らし合わせて、不自然で説明のつかない取引は不正なのです。
◇「経営が不安定な会社ほど質の高い監査が必要なのに、大手の責任回避が目立ちます」
●プロフィール● ほその・ゆうじ
1953年三重県生まれ。75年早稲田大学政経学部卒業。83年公認会計士登録。2004年公認会計士資格剥奪。著書に『国際金融取引の実務』『株式公開の理論と実務』『公認会計士vs特捜検察』。