心性史の第一人者が樹木に覚える感性・感情の歴史を記述 本村凌二
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陽光にさらされた地中海沿岸の遺跡を歩いていると、なんとも木陰が欲しくなる。湿度の高い日本ならそれだけでは済まないが、湿度の低い地域では木陰だけでほっと一息つける。樹木の恩恵がひしひしと肌身に感じられるときではないだろうか。
20世紀末から人間の心のおりなす世界の歴史を探ろうとする試みがなされてきた。われわれの心の底には感性が息づいており、その感性が響き合って感情が生まれる。そうであれば、アラン・コルバン『木陰の歴史』(藤原書店、4950円)が可能になり、そのサブタイトルに「感情の源泉としての樹木」と添えられていることも納得するだろう。
樹齢数百年といわれる樹木を目の前にすると、神々しいような畏怖(いふ)をいだくのではないだろうか。それは人間とはまったく異質な時間を生きているような存在であり、そこからさまざまな感情がかき立てられる。
ヴィクトル・ユゴーについて、「彼は樹木を見つめるすべを心得ていた」といわれるらしい。美辞麗句を取り去ってしまえば、フランスのこの国民的大詩人は、なによりも神々を信じるひとりの異教徒だったという。本書の眼目は、古代以降「樹木を見つめる」すべを知っていた者たちの足跡をたどることにある。
本書のなかでしばしば引用されるシャトーブリアンは「樹木は宇宙の沈黙した存在」と語っているが、…
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週刊エコノミスト
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