国際・政治エコノミストリポート

患者のビッグデータ活用が公的医療保険制度を救う鍵に 稲井英一郎

後期高齢者の保険料引き上げなどを柱とする医療保険制度の見直し方針を、大筋で了承した厚生労働省社会保障審議会の医療保険部会(2022年12月15日)
後期高齢者の保険料引き上げなどを柱とする医療保険制度の見直し方針を、大筋で了承した厚生労働省社会保障審議会の医療保険部会(2022年12月15日)

 増加する医療費が公的医療保険制度を圧迫している。患者のビッグデータを解析すると、生活習慣病における医療費の大幅圧縮につながるヒントが隠れていた。

2021年度は企業健保の過半数が赤字

 2022年10月、「健康保険組合連合会」(健保連)が驚くべき数字を発表した。健保連は、主に大企業の健保、約1400組合で構成するが、赤字決算が見込まれる組合の割合が21年度は53%に上った。過去5年間は、ほぼ30%台で推移し、20年度は33%だったが、一気に20ポイント増加した。

 収支悪化は、新型コロナウイルス禍で起きた受診控えの反動による医療費増や、高齢者医療への財政支援急増が原因だ。企業健保は収入の4割以上が高齢者医療の財源に回されるので、社会全体の高齢化が進めば収支は悪化する。

解散ライン迫る健保

 赤字が続けば健保は加入者が負担する保険料率を上げていく。高齢者医療制度が導入される前の07年度に平均7.3%だった保険料率は収支悪化とともに上がり、22年度は予算ベースで平均9.26%に達した。料率が10%ラインを超えれば組合を存続させるかどうか検討せざるを得ない「解散ライン」に入るといわれる。

 どういうことか。解散した健保の加入者は、中小企業の従業員と家族が対象の「全国健康保険協会(協会けんぽ)」に加入することになるが、協会けんぽには国庫から多額の税が投入されるため、平均料率は10%にとどまっている。つまり10%を超えれば、企業健保は組織を解散して協会けんぽに入った方が、財政メリットがある。だから、現役世代の企業健保が解散すればするほど、医療費をまかなう国庫負担額も増える。

 厚生労働省は、現役世代の負担増を抑制しようと、75歳以上の後期高齢者から徴収する保険料を値上げし、所得水準の高い企業健保から前期高齢者への財政拠出金を増やす制度改正案を打ち出した。ただし抜本解決には程遠い。

 というのは、約600万人といわれる「団塊の世代」が続々と75歳以上の後期高齢者になるからだ。23年にはその約7割が後期高齢者となる。25年には全員が75歳以上となり、日本の人口の約2割を後期高齢者が占めることになる。医療費が急増すれば財政支援がさらに必要となる。膨張する医療費そのものを抑制しないと、企業健保の解散、淘汰(とうた)を招きかねない。

 医療費の膨張を食い止める策はないのか。最近の研究で注目すべきものがある。電子カルテのビッグデータを科学的に分析し、医療費の大幅削減につながる可能性がある結果が得られたのだ。

61万件のデータを解析

 研究に取り組んだのは、国内で電子カルテの開発に約40年前から取り組んできた油井コンサルティング(油井敬道社長)。油井氏らは、電子カルテのビッグデータ分析により医療費の効率化を研究する別会社、アライドメディカルを18年に設立。カルテ分析を通じて有効治療や投薬の効果を調べた。

 油井コンサルティングが開発した電子カルテ製品は全国の診療所で使われており、最長で25年以上、数千万人にのぼる患者のビッグデータがある。アライドメディカルは、ここから生活習慣病患者61万人のデータを抽出して、東京大学と共同で19年ごろから「リアルワールドデータ」(RWD)に基づく治療の有効性を研究。その成果を書籍『ビッグデータが明かす医療費のカラクリ』で発表した。

 RWDとは、臨床現場における診療行為から得られるデータのこと。電子カルテには、医師の所見▽治療方針▽処方した薬剤の種類と量▽その後の検査値と症状の推移▽発症した病名──などが記録されており、研究では61万人のRWDについて個人情報…

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