週刊エコノミスト Onlineエコノミスト賞受賞者が考える 日本経済の処方箋

企業を超えた政労使会議設置を 賃上げへ「統一賃金」も視野に 樋口美雄

日本経済の処方箋/6 物価が高騰するなか「賃上げ」が大きな争点になっている。企業の枠を超え、労働者の交渉力を高める施策が今こそ必要だ。

 日本では、「失われた30年」の間、賃金はほとんど上昇しなかった。この間、先進国では、アメリカ、韓国では大きな賃金上昇率が記録されており、次いでドイツ、フランス、イギリスでも上昇した。これに比べ日本ではこの間、賃金は上昇しておらず、横ばいを続けた。

 本来、分析の目的に応じて、「賃金」の計り方は異なってくるはずである。労働者の視点から、働くことで得た金銭的豊かさを「賃金」で計ろうとすれば、可処分所得概念で捉えなければならない。他方、企業のスタンスから、労働費用の尺度として計るなら、現金給与総額に企業の支払う社会保険料や法定外福利費、教育訓練費を加えた人件費総額を捉える必要がある。

生産性伸びと賃上げに隔たり

 税や社会保険料、消費者物価と生産者物価、所定内給与と残業手当、ボーナス等に変化があるとき、どの概念で計るかで「賃金」の動きは大きく異なる。また労働時間やパート比率に変化があるときにも、1人当たり賃金なのか、1時間当たり賃金率なのかでも、動きは異なる。

 戸田卓宏氏は「コロナ禍・中長期における賃金の動向と賃金の上方硬直性に係る論点整理」(2022年)で各種の賃金変化について検証している。その結果、それぞれの動きに違いはあるものの、13年以降の景気回復局面では、一般労働者の時間当たり賃金率は1990年代後半と比較し、「賃金の上がり方が抑制的になっており、賃金上方硬直性(上がりにくさ)が生じている」ことを確認した。

 経済学では、賃金は労働市場全体の総需要と総供給の均衡点で決まり、それぞれは各企業の生産能力(付加価値限界生産性)と、各労働者の限界苦痛(留保賃金)の集計値で決まると説明する。したがって各企業の生産性が向上すれば総需要は増え、賃金は上昇するはずである。

 しかしこの説明の前提には、需要主体と供給主体が多数存在し、完全情報のもと価格競争が行われ、「完全競争市場」が成立することが想定されている。ところが取引企業が1社だけの買い手独占市場であったり、労使間で交渉上の地歩に差があったり、取引にサーチコストが生じるときには、賃金と生産性は等しくならない。

 各国は買い手独占の弊害をなくすため労働組合による売り手独占を認め、労使の地歩の差を埋めるため、失業保険制度や公共職業安定所、公共職業訓練を設けてきた。

 図は日本、アメリカ、ユーロ圏の1人当たり実質賃金(雇用者報酬)と労働生産性の推移を示している。確かにアメリカは日本、ユーロ圏より生産性の伸びは高い。だが、アメリカやユーロ圏では、賃金上昇が労働生産性の伸びに近いのに対し、日本では両者に大きな乖離(かいり)がある。

 内閣府は22年、各国における1991~2020年の賃金と生産性の伸びの相関を計り、両者の乖離を比較している。アメリカの相関係数は0.674、イギリスは0.573、カナダは0.480、フランスは0.377、韓国は0.259であるのに対して、日本は0.049と低い。先ほどの経済…

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