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教養・歴史 エコノミスト賞受賞者が考える 日本経済の処方箋

真の「新しい資本主義」実現へ 5G基地局共有と大胆な分配を 竹中平蔵

日本経済の処方箋/7
 真の「新しい資本主義」を実現するには、生産性の向上を促すと同時に社会の分断を防ぐ二つの施策が必要だ。

 岸田内閣が「新しい資本主義」を掲げて発足してから1年4カ月が過ぎた。内外の環境変化を考えると、これまでとは異なる新しいタイプの資本主義を目指せという問題提起は、まことに正しい。しかし残念ながら現実は、そのような高次の政策を目指しているとは見えない。以下では、日本経済の目指すべき方向、そのための戦略的アジェンダを議論したい。

 具体的には、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などを柱とした第4次産業革命に対応した5G(第5世代移動通信網)のインフラ・シェアリング、分配政策としてのベーシック・インカム的政策の採用だ。

 これまでも資本主義はその時々で柔軟に変質し、常に新しくなってきた。世界を見渡すと第4次産業革命の進行、米中の対立、グローバリゼーションの見直しなど、経済システムの根本的な見直しが求められている。また自由な資本主義とは異なる、中国の国家資本主義が存在感を増している。世界は今、明らかに体制移行(トランジション)のなかにある。

 ただ、国内で議論されるのは、これまでの新自由主義的な政策を転換し、成長より分配を重視する方向を目指す、という点だ。しかし、この主張は二つの点で事実に反している。第一に、日本は新自由主義の国とは程遠い位置にいる。既得権益グループの抵抗などで、日本にはいまだに多くの規制が残されている。ビジネスのやりやすさに関しては、世界銀行の「Doing Business(ビジネス環境)」ランキングが知られている。これによると、表のように日本は大きく地位を下げてきた。結果的に、日本は主要国の中でも低い成長に甘んじてきたのだ。

ベーシック・インカム“的”政策

 第二の点は、現在議論されている新しい資本主義の政策の中で、抜本的な分配政策が見られていないことだ。当面賃金の引き上げが前面に出されている。しかし今のように政府が呼びかけて行う賃金の引き上げは、所詮、一時的なものであり、継続的な賃金上昇、結果としての分配には結びつかない。賃金が継続的に上昇するには生産性の上昇が必要であり、そのためには規制改革・制度改革などで、結果的にビジネス環境のランキングが上昇するような状況を作らねばならない。日本が新自由主義的政策を取ってきたといった誤解をまず改める必要がある。

 真の意味で新しい資本主義に向かうには、以下の2点を進める必要があろう。第一は、トランジションの時代にふさわしく政府の役割を高め、一方でこれまでの政府の機能を民間が担うようにすることだ。つまり、政府と民間の新しい役割分担を作ることである。第二に、真に効果のある分配政策を進めることだ。象徴的な政策として、筆者は「5Gの共同アンテナ建設をコンセッション(公共の施設を民間が運営する)方式で進めること」「ベーシック・インカム“的”政策を採用すること」を提言したい。

 いわゆる第4次産業革命の一つの象徴として、世界ではシェアリング・エコノミーが議論され進められてきた。エアビーアンドビーに代表されるルームシェア(民泊)やウーバーに代表されるライドシェアはその典型だ。しかし、日本では関係業界の猛烈な抵抗で、こうしたシェアリングはほとんど実践されていない。そこに今、5G通信インフラ整備の必要性が浮上してきた。この点でも日本では、シェアリングが進んでいない。通信の基地局建設は、これまで各キャリアが担っており、共同基地局(共同アンテナ)の比率は数%程度だ。

 しかし、米国では共同アンテナの比率は約80%、欧州でもベルギーなどは100%共同アンテナだ。電波の直進性が高い5Gでは、小型基地局が従来と比較にならないほど多数必要になる。シェアリングは、二重投資排除の観点からも合理的な選択だ。現実に、NTTドコモも共同アンテナ企業に自らの施設を一部売却した。

 技術体系が大きく変化する時には、政府が先導することが重要だ。その際、街路灯・防犯灯や信号柱などの“行政資産”をスモールセル(小出力の基地局)として活用することが考えられる。米国では、すでにそうしたシステムが作られつつあり、それを担う民間企業も出現している。日本もインフラシェアリングに一歩踏み出す、重要なタイミングを迎えていよう。

フリードマンもガルブレイスも

 新しい資本主義が求められる背景として、所得格差拡大を背景とした社会の分断がある。加えて日本では、遅れている規制改革を進め第4次産業革命へのチャレンジを促すためにも、セーフティーネットの大胆な強化が必要とされる。そうした状況下で、ベーシック・インカム(BI)的な政策の採用が期待される。

 本来厳密な意味において三つの要因である「個人ベース、普遍的、義務を課さない」を満たす「無条件」な制度が理想ではある。BI「的」と書いたのは、厳密なBIを採用するのは容易ではないが、その要素を一部取り入れて多くの問題を解決する道が開かれるからだ。

 BIに関しては、P.V.パリース氏とY.ヴァンデルポルト氏による『ベーシック・インカム』(ハーバード大学出版会)が、長年の議論を踏まえた詳細な分析を行っている。そこでの議論は、日本の政策論にも今後大きな刺激を与えよう。現実にスイスでは、2016年にBIを導入すべきかどうかについての国民投票が行われるまでになった(この時は否決された)。

 興味深いのは、新自由主義的な保守派も、リベラル派も、究極的な政策としてはBI的な政策を推奨してきたという点だ。保守派のミルトン・フリードマンは、負の所得税を主張してきた。これは、個人ベースではないものの、BIに近い概念だ。リベラル派のジョン・ケネス・ガルブレイスはBIを主張し、1972年の米大統領選挙では彼をブレーンとするマクガバン民主党候補が、BIを選挙公約に入れる直前まで話が進んでいた。

 今の日本であえて提言するなら、マイナンバーに基づいて申請した個人には、一律に一定金額を振り込む。ただし、申請した人は全員確定申告を行い、一定以上の所得の人は政府に返済(または徴税額に上乗せ)すればよい。

 日本は広範な規制改革を進め経済を強化し、第4次産業革命の成果を享受する体制を作り、一方でセーフティーネットを強化せねばならない。それを怠れば、やがて経済社会が大きな混乱を経験し、明治維新のようなショック・セラピーが待ち受けていると考える必要がある。

(竹中平蔵・慶応義塾大学名誉教授)


 ■人物略歴

たけなか・へいぞう

『対外不均衡のマクロ分析』(共著、東洋経済新報社)で1987年度エコノミスト賞受賞。


週刊エコノミスト2023年2月14日号掲載

<創刊100周年企画 エコノミスト賞受賞者が考える日本経済の処方箋>/7

真の「新しい資本主義」実現へ 5G基地局共有と大胆な分配を=竹中平蔵

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