44カ国元首が集まった「欧州政治共同体」とは? 渡邊啓貴
ウクライナ戦争を機に、欧州結束へウクライナ、英国、トルコも含めた新たな対話の枠組み、「欧州政治共同体(EPC)」がスタートした。
欧州結束へ新たな「対話」の枠組み
年明けの1月12日、シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長(EU大統領)は本年6月1日にモルドバの首都キシナウで第2回欧州政治共同体(EPC)の首脳会議の開催が決定したと発表した。
EPCは新たな欧州の対話枠組みだ。それは昨年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻が長期化する中で誕生したヨーロッパの新たな結束を促す試みであり、その参加国の数からしてこれまでにない枠組みの広がりを持っている。その背景にはウクライナ情勢が第三次世界大戦勃発の引き金ともなりかねないという欧州首脳が共有する不安を浮き彫りにしている。
EPCについての報道は日本では小さかったが、その重要性は存外に大きい。昨年10月6日、下半期の欧州連合(EU)議長国チェコの首都プラハで、EU27カ国に加えて西バルカン・南カフカス諸国、英国・トルコなど欧州44カ国の国家元首が一堂に会し、EPCが発足した。ゼレンスキー・ウクライナ大統領はビデオ参加し、ロシアの侵略の不当を非難したが、その一方でロシアとベラルーシは招待されなかった。
EPCは昨年5月にマクロン仏大統領が欧州議会で提起したことがその直接の出発点となっていた。その後、6月に仏独伊ルーマニア首脳がウクライナを訪問、その際にウクライナを自分たちの「家族の一員」と呼び、そのEU加盟を支持したが、実際のEU加盟はまだ先のことであるので、それまでウクライナを含む別の枠組みが必要ではないか、とマクロンは提唱した。
ロシアは排除
EPCの第一の特徴はロシアの排除だ。独仏は元々、ロシアに対して融和的であり、2014年ロシアのクリミア半島併合時にもロシアに対する経済制裁に独仏はなかなか重い腰を上げようとはしなかった。その独仏が対露姿勢を変化させている。エネルギー面でのドイツの対露依存度は高かったが、一昨年成立したショルツ独政権は防衛費のGDP2%への増額やシビリアン分野での支援だったこれまでの方針を変えて、多連装ロケット「MARS Ⅱ」、防空用「Iris-T SLMミサイル」、MRAP全面防弾装甲車「ディンゴ」などのウクライナへの兵器供与を決めた。閣内に対露強硬派の緑の党と自民党を擁し、ベーアボック緑の党党首を外相に起用したところから対露協調路線は変更された。1960年代以後、冷戦終結の道筋をつけたとドイツ人が自負する「東方政策(『東側諸国に接近して変えていく』緊張緩和政策)」の大きな政策転換でもある。
マクロン仏大統領は19年8月にはウラジーミル・プーチン大統領を自分の別荘に招き、ロシアの主要先進国会議への復帰を支持、9月にはロシアに「欧州安全保障機構」設立を呼びかけた。ロシアのウクライナ侵攻直前にはウクライナの対露譲歩を提案し、その後の対露融和的姿勢はゼレンスキー大統領との摩擦を生んだ。そうした中でマクロンがEPC発足の提案を決断したのはブチャでのロシア軍による大殺りくが明らかになったからだ。
昨年秋からは独仏両国はウクライナへの軍事支援を強化させた。12月13日にはパリでウクライナ支援に向けた国際会議が開催され、日本を含む47カ国と24の国際機関から約70人が参加し、エネルギー、水道、食糧、医療、輸送の五つの主要インフラに総額10億ユーロを超える支援を約束した。
フランスは早い段階での「カエサル自走砲」供与後、軍事的支援の低さを指摘されていたが、12月終盤セバスティアン・ルコルニュ国防相は初めてウクライナを訪問し、防空用クロタール砲2門の供与と2億ユーロの基金による軍事支援などを約束した。その背景には国際世論の批判とウクライナの徹底抗戦の強い意志があった。
しかしEPCの設立は、そうした防衛強化の風潮の中でも対話の姿勢は決して失ってはいけないという欧州の姿勢を示しているのではないか。20世紀の二つの世界大戦はその大いなる教訓だった。
まず、EPCはEU拡大の枠組みではない。トルコ、モルドバ、ウクライナなどのEU加盟候補国も含まれるので加盟準備の意味が全くないとはいえないが、その意味は小さい。ロシア・ベラルーシが招待されなかったという点ではOSCE(全欧安全保障協力機構)とは異なり、またトルコ・英国が入っているという点ではEUの枠組みも超えている。NATO(北大西洋条約機構)とも違い米国は入っていない。
冷戦終結後の原点に回帰
マクロン大統領はEPCの主要領域として、①エネルギー、②青年交流、③エネルギー供給体制などのサプライチェーンの「接続性」、④サイバーセキュリティーを挙げた。つまりEPCは直接的な軍事防衛ではなく、非軍事的集団安全保障体制のための広範な領域を含む「政治対話フォーラム」であり、それ以上のものではない。その意味では英国やポーランドなどは消極的な見方だ。
しかし即効的な具体的成果はなくとも、ウクライナ戦争が長期化し、欧州安全保障体制が風雲急を告げるまさにその時期に政治対話の枠組みが発足したことには大きな意味があるのではないか。つまりEPCには不安定な欧州情勢の中で各国の結集を改めて確認する意味があった。
もともと冷戦終結後西欧諸国の欧州秩序観はOSCEを中心とするロシアを含む集団安全保障体制の構築にあった。冷戦終結の直接のきっかけは、ゴルバチョフ大統領の「欧州共通の家」の主張だった。それが90年代半ば以後NATOの東欧拡大が急がれる中で、集団防衛体制の強化の議論にすり替わっていった。つまり信頼醸成措置や法制度の強化で敵対関係を作らない集団安保体制ではなく、敵対関係を前提とする味方同士の防衛体制(同盟)強化へと議論の重心が移っていったのである。「力による秩序の変更」を許さないための「外交(対話)による平和」の論法ではなく、「力による平和」の論法になっていった。その意味ではEPCは冷戦終結時の原点への回帰を意味する。
プラハのEPC会合では、キプロス問題で対立するトルコとギリシャの代表であるエルドアン大統領とミツォタキス首相、ナゴルノカラバフ紛争の当事者であるアルメニアとアゼルバイジャン、コソボとセルビアなどの対立国の元首が同席し、実際マクロン大統領とミシェルEU大統領の肝煎りで、パシニャン・アルメニア首相とアリエフ・アゼルバイジャン大統領の間での仲裁工作も試みられたが、いずれの交渉も前進はなかった。しかしそれでも対話の枠組みを維持し続けることには大きな意味がある。
11月15日にインドネシアのバリで開かれたG20サミットの際に、マクロン仏大統領と中国の習近平国家主席との中仏2国間会談が行われ、そこでもマクロン大統領は習氏に対し、プーチン露大統領を停戦のための「交渉のテーブルに戻させる」ように働きかけることを求めた。
交渉が続いていることは決裂から戦争への道を回避する方途でもあるからだ。「力による平和」はいずれ力の報復の可能性を秘めている。欧州諸国は防衛強化を指示する一方で「対話による平和」の道を模索する。理想論ではあるが、政治的・外交的交渉こそが今必要とされている。「外交」の復権だ。それは欧州だけにとどまらない。
(渡邊啓貴・帝京大学教授)
週刊エコノミスト2023年2月7日号掲載
44カ国の元首が一堂に会す 欧州の結束へ新たな枠組み=渡邊啓貴