教養・歴史書評

生命、社会、自由……移民文学の読解から学ぶ 楊逸

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 コロナで世界が止まったここ3年の間、私はなんとなく移民文学について興味が湧き、読むようになった。『故郷を忘れた日本人へ』(仁平千香子著、啓文社書房、1980円)は、異色の「移民文学作品」を取り上げて批評する一冊だ。

 ジョン・オカダの『ノーノー・ボーイ』、小林勝の『フォード・一九二七年』、石村博子の『たった独りの引き揚げ隊』など、日本人の、戦争によって引き裂かれたもの──アイデンティティーだったり、価値観だったり、言語だったり、家族だったり、人生だったり──をテーマとした作品を読み解き、芥川龍之介が命を絶った原因である「ぼんやりとした不安」は、現代においても「心の故郷」を失った日本の若者を自殺に駆りたてているのではないかと考えさせられた。

 また金原ひとみの『マザーズ』やカフカの『巣穴』、村上春樹の『アンダーグラウンド』などの作品を解読しながら、生命とは、社会とは、自由とは、などについて、新たな見方を提示してくれた。

 とりわけ目を引かれたのは劇作家サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』。2人の浮浪者は「ゴドーを待つんだ」「ああそうか」といった会話を繰り返し、現れる根拠もなく正体不明のゴドーをひたすら待ち続けるという作品である。

「パリでの初演では観客が演技の途中でブーイングを始め、作品を支持する観客との間で暴動まで起こった」が、その後、米国カリフォルニアの刑務所で上演すると、囚人たちに、同作品を演じるために劇団を立ち上げるほどの衝撃を与えたという。

 彼らは「ゴドーという絶望を待ち続けるのではなく、自らゴドーという希望を作り上げる人生に切り替えた」そうだ。

 首を長くして「コロナの収束」を待つ私たちも実は、いつの間にか「待つことが目的と化した人生」を送っていることに、はっと気づかされた。

 人生にとって重要なのは、「どう生き延びるかではなく、どう生きるかを」考えることだ…

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週刊エコノミスト

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