論文不正を招く“学術プラットフォーマー”のビジネスモデル 奈須野太
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論文不正の責任を、研究者の自主的倫理観だけに押しつけるのは正義ではない。
褒め合い狂騒にあえぐ研究者
最新の研究成果を一定の構成を持って紹介した学術論文が掲載される世界の学術雑誌の出版は、オランダ・エルゼビア、独英シュプリンガー・ネイチャー、米ワイリーなど、欧米の著名出版社による寡占状態になっている。この上位3社で市場の半分近くを占める(図1)。
これらの出版社は、需要の増加と多様化、紙の雑誌から電子媒体への移行に対応してきた。なにより、「研究者(著者)によって投稿された論文を、その学問分野の別の専門家が読むことで、内容の査定を行う」という査読を通じて、多くの優れた論文を、出版社が持つさまざまな分野のジャーナルに多数掲載することで、その名声を高め、ビジネスとしても成功するに至ったとされる。
一方で研究者にとっては、アカデミア(学術界)内の評判、テニュア(終身雇用)の獲得、教授職への昇進、研究費の獲得などのため、欧米の有名学術雑誌に自分の論文を掲載し、他人に引用してもらうことが、研究者人生において死活的に重要だ。大学などが所属者向けにインターネット上で提供する論文収録サイト「機関リポジトリ」では、箔(はく)が付かずダメなのである。
そこで研究者は一計を案じ、友人を自らの論文の査読者に仕立てたり、おのおのの分野の有力研究者を論文の共著者に交えたりすることを考える。そして査読者は通謀し、または有力研究者の名前にそんたくして彼らの論文に高評価を与えて学術誌に掲載させる。
この互恵関係の一端が露呈してしまったのが、昨年に発覚した福井大学など4大学の研究者による査読不正だ。
同大の教授ら研究チームは別の大学の教授ら3人を査読者に推薦し、本来ならば査読者が書くべきコメントを投稿者自身が代筆するなど、査読者と投稿者が通謀して査読を偽装してエルゼビアが発行する学術雑誌に掲載させていたことが明らかになった。同大などの調査委員会は昨年12月、2015年から21年にかけて投稿された論文6本に「不適切な査読操作があった」と認定した。そもそも査読者が著者と直接やりとりする行為は国際ルールで禁じられている。
二重取りのビジネスモデル
なぜ、こういった工作が可能なのか。実際のところ、出版社は投稿者に対し査読候補者の推薦を求めることがあり、出版社から査読の依頼を受けた者は“無償かつ匿名”で査読を行っているからである。
査読者は出版社との利害関係から独立しており、優れた論文を見いだす金銭的誘因はない。査読は研究者の片手間仕事になっていて、専門的な職業として確立していない。相撲で例えれば、相撲取りが取組の一方から指名されて給金なしで行司役に回るようなものだ。従って、構造的に、論文投稿者と査読者の間の利益相反を防ぎ切ることができない。
近年の科学の発展によりさまざまな研究領域が生み出されたことで、学術領域は細分化され、論文投稿数が爆発的に増えた。一方で査読者はその数に追いつかず、不足している。そして、研究者同士の師弟関係や友人関係などまで出版社には分からない。できることは、論文投稿者と査読候補者の所属が同じかどうかなど、外形的に近しい場合に拒絶する程度である。
1円の報酬もなしに中立厳正な査読を要求するのは、アカデミアのうるわしき非営利性の帰結のように見えるかもしれない。しかし、実はこれは出版社の営利的な都合でもある。なぜなら、優れた論文やこれを見いだした査読者に対していちいち報酬を出していたら、ジャーナルの品質が向上すればするほど、もうからなくなってしまうからだ。
営利的都合はそれだけ…
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週刊エコノミスト
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