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マーケット・金融 金融

韓国の債権市場が危機的状況 きっかけは“レゴランド債”の破綻 松崎隆司

開業はしたもののレゴランドの人気は振るわない Bloomberg
開業はしたもののレゴランドの人気は振るわない Bloomberg

 鳴り物入りでスタートしたテーマパーク開発が資金難に見舞われ、影響は債券市場に波及。金利急騰や社債発行を断念する事態が起きている。

前江原道知事(共に民主党)が推進、現知事(国民の力)が債務保証撤回

 韓国の金融市場が危機に直面している。2500兆ウォン(約250兆円)規模ともいわれる債券市場が機能不全を起こし、資金調達が厳しくなっているからだ。

 きっかけとなったのが韓国北部、江原道(カンウォンド)春川(チュンチョン)市に造成された「レゴランド・コリアリゾート」に関連したプロジェクトファイナンス(PF)の事実上の破綻だ。

 レゴランドは2010年に盧武鉉(ノムヒョン)元大統領の側近だった李光宰(イグァンジェ)氏(現共に民主党)が江原道知事に当選した直後から動き出したプロジェクトだ。ところがその翌年には違法な政治資金を受け取った疑いで逮捕され、大法院(最高裁判所)から有罪判決を受けて失職。その後、崔文洵(チェムンスン)氏(現共に民主党)が江原道知事に就任し、このプロジェクトを本格的に進めた。

 プロジェクトは衣岩湖内の中島の敷地にブロック玩具のレゴで作った遊園地やホテル、商店街、ウオーターパークなどを誘致し、敷地は江原道が50年間無償で提供する。運営を担当するのは世界第2位のエンターテインメント・レジャー企業の英マーリン・エンターテイメンツ。世界25国、130カ所以上で、「レゴランド」やろう人形館の「マダム・タッソー館」などのアトラクション施設を運営している。

 崔文洵江原道知事は当初、「江原道民の金は一銭もかからない100%外国資本誘致事業だ」と説明し、年間200万人以上の集客と1万人以上の雇用創出、年間50億ウォン(約5億円)以上の地方税増収というバラ色の展望を掲げてスタートした。11年に江原道は運営会社、英マーリン・エンターテイメンツ、LTPコリア、現代建設など七つの機関と投資合意覚書を締結。12年には江原道が44%、マリーンが22%出資し、造成のためのエルエル開発(LLD、現江原中島開発公社)を設立した。

 開発資金の調達にはPFが活用された。PFとは開発に資金と時間がかかり、運営期間が長期にわたるような大型プロジェクトなどで活用され、将来発生するキャッシュフロー(収益)を担保に資金を調達する仕組みだ。建設会社がマンションなどを建設する際によく活用される仕組みとして知られていた。

CPが償還できず

 レゴランドのPFのスキームはこうだ。まず開発公社が特殊目的法人(SPC)「アイワンファースト」を設立する。これがABCP(Asset-backed Commercial Paper、資産担保コマーシャルペーパー)を発行する。ABCPとは売掛債権などの金融債権を裏付けとしてSPCが発行するコマーシャルペーパー(企業が事業のために発行する短期の無担保約束手形)のことで、レゴランドの場合はさらに信用補完するために江原道が債務保証を行い、CPとしては最高格付けのA1を取得し、その後ABCPはBNKインベストメント&セキュリティーズを通じて10社の証券会社に売却された。調達した資金は2050億ウォン(約205億円)だといわれている。

 ところが14年には埋蔵文化財の発掘調査中に開発予定地から青銅器時代の遺物が大量に発掘され、工事は中断。さらに建設工事の請負業者探しも難航した。当初優先交渉権を持っていた現代建設や大林コンソーシアムとの交渉は暗礁に乗り上げ、その後優先交渉の対象となった斗山建設も交渉が難航して工事がなかなか進まず、債務が膨らんでいった。

 オープンしたのは22年5月5日。ところが当初から大型アトラクションが停止するなど不具合が続き、来場者数は5月が13万人、6月10万人、7月7万人と目標の年間200万人に遠く及ばず、総額7380億ウォンを投入してレゴランド建設を進めてきた開発公社は経営危機に陥った。

 そして9月にはABCP2050億ウォンのうちの412億ウォン分が償還を迎えたが、開発公社は自力での償還が不可能であると判断し、これを江原道に伝えた。

 これを受け22年7月1日に崔文洵氏に代わって道知事に就任した保守党国民の力の金鎮台(キムジンデ)氏は、9月28日に裁判所に対して開発公社の再生手続きを申請した。江原道が債務保証するというそれまでの方針を180度変えたわけだ。こうした知事の方針転換に対して「地方政府の支払い保証も履行されないほど韓国は危ない」と金融市場は敏感に反応、CPなど短期金融市場は大混乱に陥ってしまった。

 その後、道の言い分は二転三転する。再生手続きを申請したのは不正事業をなくすためであり、22年度中に借金を返済すると主張を大きく翻す。しかし、これに債権者は納得しなかった。結局10月5日、開発公社が設立したSPC「アイワンファースト」の発行したABCPの格付けはA1からD(債務不履行)にまで落ち、SPCは事実上破綻した。

トリプルAでも流札に

 これを受け大型プロジェクト開発を支えてきたABCPを発行する短期金融市場の金利は暴騰し、なかには20%を超えるところも出た。11月14日には建設大手、GS建設が信用補完したSPC「パインウノ」の発行したABCPの金利が20.3~21%。現代建設が連帯保証しているソウル黒石9区域再開発PF貸出ABSTB(資産担保付き短期債券)の借入金利は昨年9月には年3.34%だったのが、年7%と2倍以上急騰した。そのような中で現代建設やロッテ建設など大手建設会社がかかわっていた首都圏の大規模開発事業では、プロジェクト融資のためのローンの借り換え(リファイナンス)に失敗し、大手建設会社が自社の中で資金を用意する羽目となった。

 波紋はABCPにとどまらず、債券市場全体に広がった。韓国の債券市場は、この問題以外にすでにゆがみを抱えていて、そこに開発公社の破綻が火をつけたのである。

 韓国政府は米国の金融引き締めの中でウォン安を回避するために金利を立て続けに引き上げ、債券市場が萎縮しているところに、トリプルAの最高格付けを持つ韓国電力公社が高利回りで大量に社債を発行し金融市場の資金を吸い上げていたからだ。

 韓国電力は脱原発を推進する中で大規模な赤字を抱えた。にもかかわらず文在寅(ムンジェイン)政権の5年間、一度も電気代を上げようとしなかった。「脱原発をしても電気代は引き上げない」というのが文在寅政権の公約だったからだ。政権交代後も国民生活に直結する電気料金の引き上げは有権者の不評を買うため二の足を踏んだ。そのため赤字体質から脱却することができず資源高などのあおりを受けて22年度だけでも30兆ウォンの赤字が予想されている。その中で韓国電力は昨年だけでも6%という高金利で一昨年の2倍を超える計23兆ウォンの社債を発行した。

 トリプルAの格付けを持つ企業が高い金利で巨額の社債を発行し、市場から大量に資金を吸い上げれば、大多数の会社はそのあおりを受ける。しかもそれはブーメランのようにトリプルAの会社にも返ってくる。

 開発公社の再生手続きが申請された昨年9月には韓国公社企業や一般企業などトリプルA級の優良社債の平均は直前の8月から1.6ポイント上昇し、5.6%台に跳ね上がった。造船業トップ3の一角、サムスン重工業が2年物の社債500億ウォンを7.1%、釜山ロッテホテルが1年物の社債400億ウォンを8.5%で発行。社債発行規模1位のSKは昨年10月、創業以来初の5.6~5.7%という高い金利で2000億ウォンのCPの発行を余儀なくされた。

 公的機関が債務保証した債券の破綻は金利上昇だけでなく、高い格付けを持つ企業の資金調達に大きな影響を与えた。22年11月5日付の『朝鮮日報』は、金融関係者の間で「基準金利は4%だが、今は債券金利が10%でも資金が集まらない」とささやかれていることを指摘している。韓国ガス公社や韓国水力原子力などトリプルAの格付けを持つ公企業も1000億~2000億ウォンの社債発行を試みたが、全額流札した。

 市場の混乱を招いた当事者でもある韓国電力もレゴランドの一件以降、4回にわたって1兆2000億ウォン規模の社債を発行しようとしたが、5900億ウォンしか発行することができなかった。それだけではない。韓国道路公社は1000億ウォンの規模で債券の発行をしようとしたが断念した。11月には中堅生命保険会社、興国生命が自社のドル建て債券について満期前に償還できるコールオプションの延期を発表、海外市場にも波紋を投げかけた。コールオプションの未実行はリーマン・ショック直後の09年のウリィ銀行以来の13年ぶりだという。

韓国・江原道春川市から始まった信用不安は全国に広がった Bloomberg
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政府が緊急資金

 韓国政府は10月23日に慌てて「50兆ウォンプラスアルファ」の緊急資金を投入し、機関や個人投資家の代わりに社債やCPを買い入れ、企業に資金を供給することを表明した。

 具体的には①20兆ウォン規模の債券安定化ファンドの余剰資金1兆6000億ウォンで社債・CP買い入れを行う、②韓国産業銀行、中小企業銀行、信用保証基金による社債・CP買い入れプログラムを8兆ウォンから16兆ウォンに拡大する、③財務状況の悪化した証券会社に3兆ウォンの資金を供給する、④不動産プロジェクトファイナンス市場安定化に向けて、住宅都市保証公社や住宅金融公社が短期的に資金難に陥った優良不動産PF事業を支援するため23年までに10兆ウォン規模の保証支援を行う、などの政策を実施するという。

 巨額の資金投入に一時的な金利高騰の沈静化を図ることには成功したが、構造的な問題が解消されているわけではなく、今後の不安を完全に払拭(ふっしょく)することはできていない。12月25日付の『朝鮮日報』によると、「韓国銀行が(12月)22日に発表した『金融安定報告書』によると、韓国の金融不安指数は10月に危機段階(22以上)に当たる23.6を記録した。これは新型コロナウイルス感染症が拡散し始めた20年4月(24.7)以来2年6カ月ぶりの高水準だ」という。

 金融不安指数は8を超えれば「注意段階」、22を超えれば「危機段階」に分類される。1997年の通貨危機と08年の世界的な金融危機のときには注意段階を超え、危機段階に到達するのにかかった期間は平均で6~8カ月だったというが、昨年はロシアがウクライナに侵攻した3月に注意段階に突入し、レゴランドのABCPが不渡りとなった10月には23.6まで上昇、「注意段階から危機段階に突入するのにかかった期間は7カ月だった」(同紙)として、今後の韓国の金融市場に警鐘を鳴らしている。

(松崎隆司・経済ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年2月28日号掲載

韓国債券市場が危機的状況 「レゴランド債」債務不履行で混乱=松崎隆司

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