教養・歴史書評

薔薇、そして世界の考察へ R・ソルニットの新刊を読む 孫崎享

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 私は20世紀最高の政治小説はジョージ・オーウェルの『1984』だと思う。

『1984』の大筋は、世界が三分割され、主人公スミスの住む地域では人々は絶えず監視され「無知は力である」等の思想が押し付けられ、事実は次々に改ざんされる、というものだ。主人公はこうした社会に疑問を持つが、当局に逮捕され拷問を受け、結局は当局の意のままに動く人間となる。

 作品はスターリン体制を背景に描かれているが、こうした監視政治の危険は至る所にある。現に2017年にトランプ政権が発足した時、米国民の多くが危機感を持ち、『1984』はベストセラーになった。

 レベッカ・ソルニットが『オーウェルの薔薇』(川端康雄、ハーン小路恭子訳、岩波書店、3630円)を出版した。この本の魅力は、『1984』の狭義の意味での作品の評価や作者の伝記についての記述だけにとどまらない点にある。

 例えば標題とも関係するが、著者は、ジョージ・オーウェルが薔薇(ばら)に特別の愛着を持っていることを記述している。だが著者は「私たちがたたかうのはパンを求めて──けれど私たちは薔薇を求めてもたたかう」というジェイムズ・オッペンハイムの詩を紹介したりする。

 そして、当然のことながら、『1984』の主題とも取り組む。全体主義とうそとの関係の記述をみてみたい。

「全体主義のもとでは、やがて(中略)その手中にある多くの人びとの精神を破壊し、自分や他人の考えや言葉のうちに真実や正確さを求めることを放棄するよう確信させる」「全体主義の強力な敵は、事実と虚構の区別、真と偽の区別を情熱と明晰さをもっておこない、自分自身の経験とそれを証言する能力に基づく現実性に依って立つ者である」

『オーウェルの薔薇』は「我々が警戒しなければ、『1984』の世界はいつでもどこでも起こる」という警告の書であると思う。

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 私は日々国際情勢をフォローしているが、過去に行…

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