米中が覇権を握る生成AI 人材・資金でかなわない日本 田中道昭
あらゆる問いに対して人間が書くような文章で回答する「対話型AI」が出現した。この技術のいったい何が革命的なのかを解き明かす。
対話型AI(人工知能)の「チャットGPT」の出現は、世の中に革命的な変化をもたらした。2022年11月にリリースされて以降、その驚くべき性能に利用者が急増している。
チャットGPTを世に送り出したオープンAIは、当初はAIの発展を目指してイーロン・マスク氏などが出資して15年に設立された非営利組織だった。しかし19年、AI技術を社会で実用化する営利目的の会社として、マイクロソフトなどが10億ドルを出資してオープンAI LP(リミテッド・パートナーシップ)を設立した。
マイクロソフトの参加により、オープンAIはマイクロソフトが持つさまざまなデータやリソース(経営資源)を使えるようになり、開発のスピードが一気に上がったとされる。
GPTとは「Generative Pre-trained Transformer」の略で、事前学習済み(Pre-trained)の文章生成型(Generative)トランスフォーマー(深層学習モデルの名称)を意味する、オープンAI開発の「巨大言語モデル」だ。チャットGPTを動かしている「GPT-3」(現在は改良版のGPT-3.5)のシステムは1750億のパラメーター(変数)を読み込んでおり、前バージョンに比べて性能が格段にアップした。
高水準の文章で回答
チャットGPTが対話型で返してくる回答は、現時点においてかなりの水準に達している。
一つ例を挙げると、筆者が主宰するワークショップで研究している企業に、カインズやワークマンを傘下に持つベイシアグループがあるが、「ベイシアグループではどのようなDX(デジタルトランスフォーメーション)をしていますか」と聞いてみると、たちどころに「ベイシアグループでは、DXを推進するために、いくつかの取り組みをしています。例えば……」として複数の項目を答えてくる。
もちろん、正確性に問題はあるかもしれないが、このように文章の形で回答するシステムは、ほんの少し前まで、この世に存在しなかった。このレベルにまで達していることに驚きを覚える。
さらに、マイクロソフトの検索システム「Bing(ビング)」とチャットGPTを組み合わせて使うことで、利便性が飛躍的に高まった。
例えば、ベイシアグループについてBingで検索すると、最上部にチャットGPTの回答、その下側にはグーグルと同じような検索結果が出て、これらを同時に見ることができる。チャットGPTの回答をもっと知りたいと思えば、そこをクリックすると、チャットGPT専用の画面に切り替わる。このような仕組みは非常に有用だ。
グーグルは「非常事態宣言」
これまでは、検索欄に「ベイシアグループ」と入れると、それに関連する記事などが出てきただけだが、決定的に違うのは、ベイシアグループとは何であるかを「ベイシアグループとは日本の流通企業です……」などといった文章で回答してくることだ。
また、画面の下には、どこから引用してきたかの情報が出ている。そこをクリックすると引用元のサイトに飛べるようになっている。この便利さに圧倒されて、筆者は最近、Bingばかりを使い、グーグルで検索することがなくなった。
チャットGPTの能力の奥深さは計り知れない。オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は「チャットGPTで実現したかったことの一つは、プログラミング言語を知らない人でもプログラムが組めて問題解決できるようになること」とまで語っている。恐るべき可能性を秘めていることは間違いない。
このようなチャットGPTに対して、検索で大きなシェアを持つグーグルはどのように対抗していくのか。グーグルの幹部は大きな危機感を抱き、今年1月に社内に「非常事態宣言」を発した。共同創業者のセルゲイ・ブリン氏は数年ぶりに現場に復帰してAI部門のテコ入れを図るようだ。
もちろんグーグルも生成AI、対話型AIの研究はこれまでも行っている。ただ、グーグルのビジネスモデルは、検索によって得られる情報から広告を提示する「検索広告」が事業の主力。収入の9割以上を広告に依存しているため、下手に新しいサービスを立ち上げることで広告に影響するようなことがあってはならないと、一歩を踏み出せずにいた。
しかし、マイクロソフトがグーグルの牙城である検索に踏み込んできたのだから黙ってはいられない。「検索プラス対話型AI」のサービスを遠くない時期に提供できるよう準備を進めている。
準備を進める中国・百度
一方、中国はどうなっているのか。中国のグーグルと呼ばれる「百度(バイドゥ)」がその先頭を走る。同社は検索はもちろん、クルマの自動運転なども事業展開してきた会社だ。
今年1月上旬に米ラスベガスで開かれた世界最大級のテクノロジー見本市「CES」で生成AIやチャットGPTが話題になった。驚いたのはグーグルなどに先行して、1月下旬に百度はチャットGPTと似た対話型AIサービスを提供すると発表したことだ。当然ながら、生成AIについてずっと研究・開発を行ってきたからこそ、すぐに追随することが可能になる。
中国企業による開発に一つ利点があるとすれば、扱えるデータ量が多いということだろう。欧米はプライバシー重視の必要があるため、使えるデータに制約がかかる可能性がある。中国にはこのような制約がほとんどないことから、AIの精度を上げるために有利に働くと思われる。
いずれにしても今後、生成AIの分野は、マイクロソフトによるオープンAIとグーグルの米2社、それに中国・百度を加えた3社が、それぞれの世界をプラットフォーマーとして覇権を獲得していく可能性が高い。残念ながら、現時点でこの分野に日本の出番はない。人材面、資金面ともにまったく太刀打ちできないのが実情だ。
危険性認識すべき
ただ、イアン・ブレマー氏が率いる米国の政治リスクの専門コンサルティング「ユーラシアグループ」が23年の10大リスクで「生成AI」を3位にランキングしているように、社会を混乱させる危険性があることは常に意識していなければならない。
ユーラシアグループは「大混乱生成兵器」と題し、AIの技術的な進歩が、デマゴーグを生んだり権威主義者に力を与えたりして、ビジネスや市場を混乱させる危険性があることを示した。
チャットGPTなどの利用によって、コンテンツの作成に参入障壁がなくなると、コンテンツの量は指数関数的に増加していき、市民の多くが事実とフィクションを区別できなくなる。偽情報が横行し、社会的な連帯、商業や民主主義の基盤である信頼が損なわれる可能性があると指摘していることは、十分認識しておくべきだろう。
(田中道昭・立教大学ビジネススクール教授)
週刊エコノミスト2023年3月28日号掲載
チャットGPT 米中が覇権を握る生成AI 人材・資金でかなわない日本=田中道昭