週刊エコノミスト Onlineエコノミスト賞受賞者が考える 日本経済の処方箋

国際標準の経済学では国債は将来世代への先送りではない 岩田規久男

日本経済の処方箋/16 どの世代が負担するかは、国債発行の結果、どの世代の効用が低下するかで判断すべきである。

 日本では、一般の人はもちろん、経済学者(財政の専門家)でさえ国債の負担とは何かを理解している人はごく少数である。これは日本の財政に関する理解の混乱のもとなっている。そこで、本稿では、国債の負担に関する世界標準の経済学による理解を示しておこう。

二つの誤解

 財務省に限らず、ほとんどの国民が「日本は、国債の負担を将来世代に先送りしている」と考えていると思われる。それは、国債の利払いや償還費を将来世代が税で負担すると考えるからである。

 それに対して、将来世代は国債償還のための税負担(債務)を負うが、国債という資産も残されるので、債務と資産が相殺しあって、将来世代に国債の負担は生じないという主張もある。このように考える人は、現代貨幣理論(MMT)の支持者に多いようである。しかし、右のいずれの議論も誤りである。

 国債をどの世代が負担するかは、国債発行の結果、どの世代の効用が低下するかで判断すべき問題である。このように国債の負担を、効用を基準に考えるのは、人々の生活の満足度は、人々が消費によって得ることができる効用の大きさに依存して決まると考えられるからである。効用を基準に考えると、国債を負担する世代とは、税を国債の発行に置き換えたときに、消費を減らさざるを得ないために、効用が低下する世代である。

 国債発行で資金調達された公共投資が、将来世代にとって役に立てば、国債は将来世代の負担にならないという主張もある。しかし、国債の負担を考えるときには、財政支出を増税か国債発行のいずれで賄うかにかかわらず、財政支出の額と支出の種類は同じであると前提して考えなければならない。なぜならば、国債の負担とは、財政支出の資金調達手段が異なる場合の負担の相違を議論しているからである。それに対して、将来世代にとっての公共投資の利便性は、財政支出の種類の相違を問題にしており、論点がずれている。

 それでは、どのような場合に国債の負担は将来世代に付け回しされるのであろうか。それは、財政支出を一定として、税を国債発行で置き換えたときに、国債の予想実質金利が上昇する場合である。予想実質金利とは、名目金利から人々の予想インフレ率を差し引いた値である。

 予想実質金利は貯蓄と投資が一致する水準で決まる。貯蓄とは資金の供給であり、投資とは資金の需要である。税収から政府消費支出を差し引いた値を政府貯蓄という。政府の投資(公共投資)がこの政府貯蓄を上回れば(これを政府の投資超過という)、政府はこの投資超過分の資金を調達するために、国債を発行しなければならない。

 このケースで、国債が発行されたときの世代が、消費を減らして、その分だけ、貯蓄を増やし、その増やした貯蓄で発行された国債を購入すれば(例えば、消費を減らすことによって増やした貯蓄を、定期預金や生命保険で運用し、銀行や生保が国債を購入するケースがこれに該当する)、国債発行による政府の資金需要の増加と民間の貯蓄増加による資金供給の増加とが一致するので、国債の予想実質金利は変化しない。

 しかし、民間部門が国債発行の増加に見合った分だけ、貯蓄を増やさなければ、政府の資金需要の増加が民間の資金供給の増加を上回るため、国債の予想実質金利は上昇する。国債の予想実質金利が上昇すると、銀行などにとって、貸し付けや社債購入よりも、国債購入が有利になるので、貸し付けや社債購入が減少する。その結果、貸し付けや社債の予想実質金利も上昇する(以下では、煩雑であるので、…

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