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教養・歴史 これまでの/これからの100年

哲学・道徳を奪った新古典派経済学 スミス、マルクス、ケインズ再考の時 水野和夫

 自由な経済活動や利潤追求を通じて市民の豊かさや幸福感を高めることが初期の目的だったが、その精神は時間とともに失われていった。

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 本誌が創刊した100年前、つまり1923年当時の主流派経済学は新古典派だった。100年たった今なお主流派は新古典派である。しかし、この100年間、ずっと主流派であったわけではない。1929年に始まる世界恐慌で、新古典派の権威は一度、地に落ちた。代わって台頭したのが、英国のJ.M.ケインズ(1883〜1946年)が打ち立てたケインズ経済学である。

 英米で失業率が20%を超える大不況を新古典派は高すぎる賃金に要因を求めた。ケインズの師A.マーシャル(1842〜1924年)やその後継者のA.C.ピグー(1877〜1959年)ら新古典派は賃下げ政策を提言した。これに対して、ケインズは賃下げでは失業率の改善は望めないとし、政府の大規模な公共投資で、この難局を克服しようと訴えた。

 結果は何事も市場原理に委ね、政府の介入をよしとしない新古典派が、有効な政策を打ち出せないまま、ケインズに軍配が上がる。ケインズの理論は「一般理論」として広まり、その後、ケインズ経済学が主流派となる。

限界革命

 新古典派の原点は、A.スミス(1723〜90年)やD.リカード(1772〜1823年)、T.R.マルサス(1766〜1834年)、J.S.ミル(1806〜73年)らによる古典派である。スミスが主著『諸国民の富(国富論)』で論じた「見えざる手」を古典派や新古典派は重視する。自由主義経済の理論で、富の源泉を人間の労働に求める(労働価値説)。労働生産性を高めるためには市場での自由な競争が不可欠で、国家は企業の経済活動に対して介入や規制をすべきではないと考える。当時の重商主義批判でもあった。

 マルクスは、財(製品)を生産するために投入した労働の量が、その財の価値を決めるというスミスの労働価値説に同意しながら、この説を革命思想として発展させた(『資本論』)。そして、大恐慌期に新古典派を否定したのがケインズだ。現在に至る新古典派を主流とする経済学を理解するには、スミスを起点とする新古典派と、それに対抗したマルクスとケインズを知る必要がある。

 古典派を発展させたのが、英国のW.S.ジェボンズ(1835〜82年)、オーストリアのC.メンガー(1840〜1921年)、フランスのL.ワルラス(1834〜1910年)の3人である。各自が限界効用に基づく価値理論を発表し、限界分析の方法を本格的に経済学に取り入れた経済学者だ。これが生産、分配の理論になり、現在の理論経済学の基礎となっている(「限界革命」)。

 古典学派は、商品の価値は生産費や投下労働などによって決定されるとする供給側のみの価値理論だったが、ジェボンズら3人が追加的な消費から得られる効用(満足度)の増加分、つまり限界効用に基づく価値理論を確立した。限界革命以降を新古典派と呼ぶ。

 その後、彼らはスミス以来の難題であった「価値の逆説」に理論的な説明を与えるため限界効用の概念を応用し、限界効用逓減の法則を導いて解決した。事例として水とダイヤモンドの効用がよく知られる。水は有用であるが、価値(価格)が低い一方で、ダイヤモンドは有用性は低いが、価値が高いことを理論的に説明した。

 新古典派は、自由な経済活動や利潤追求を通じて市民の豊かさや幸福感を高めることを目的とする。ただ、スミスが『国富論』で論じた「諸国民の富」を自由で平等にもたらすという目的が、ジェボンズやメンガー以降の新古典派には徐々に薄れていく。広く一般市民ではなく、当時の特権階級に都合のいい経済理論、思想へと変質していくのである。

 その一端は、マルクスの新古典派に対する批判と、その反応に見られる。代表的なのがメン…

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