週刊エコノミスト Onlineアートな時間

サイフォンの原理を応用して断片的な記憶に流れを与える 芝山幹郎

©Turkish Riviera Run Club Limitd, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
©Turkish Riviera Run Club Limitd, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

映画 aftersun/アフターサン

 サイフォンを使ってコーヒーを抽出する。私は昔、その仕組みが腑(ふ)に落ちなかった。人に教わって概略はわかったが、科学的な頭がないため、いまだに不思議なトリックを見せられているような気がする。

「アフターサン」を見ているうち、反射的に思い出したのが、サイフォンの原理だった。

 人間の脳内には、繰り返し再生される記憶の断片がこびりついている。ほとんどの場合、その断片には明快な物語や事件性が伴わない。道端や塀や靴や上衣などが、断続的に明滅する。

 それでも、記憶は消えない。脳内で繰り返し再生されるのにも、なにか理由があるはずだ。その断片を、一度蒸気に変えて別の場所に移してやることで、全体の図形が見えてくるかもしれない。そう、サイフォンの原理が働くときのように。

 トルコ南西部に位置するオルデニズという海辺のリゾート地に、若い父親と娘がやってくる。時代は1990年代後半らしい。8ミリビデオは出てくるが、携帯電話は出てこない。31歳の父はカラム(ポール・メスカル)、11歳の娘はソフィ(フランキー・コリオ)という。

 ヴァカンス映画か、とも思うが、享楽的な匂いは漂ってこない。そもそもこの映画は、「当時の父と同い年になったソフィの思い出」と設定されている。

 ソフィはエディンバラで母親と暮らしている。カラムは、離婚してロンドンに引っ越した。父と娘には特別な旅だ。旅費の捻出も大変だろうが、ふたりで過ごせる時間はめったにない。

 ただ、浮かれた空気は伝わってこない。画面から…

残り706文字(全文1356文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事