順風満帆から徐々に狂う人生 圧巻のケイト・ブランシェット 勝田友巳
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映画 TAR/ター
クラシック界を舞台にした音楽映画としても、創造者集団内のスリラーとしても、一級の出来栄え。アカデミー賞で無冠とは、巡り合わせが悪かったとしか言いようがない。時を得れば、作品賞も主演女優賞も手にしていただろう。
リディア・ターはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で初の女性首席指揮者。名門大学を卒業し、米国の名門交響楽団を率い、エミー、グラミー、アカデミー、トニーの音楽賞をすべて受賞、ベルリン・フィルが唯一録音していないマーラーの交響曲第5番のライブ録音を控え、自伝も出版される。まさにキャリアの絶頂。映画の冒頭は公開対談の場面で、リディアが自身の音楽観を語る口調は、才能と成功に裏打ちされて自信に満ちあふれている。
付き従う助手のフランチェスカを手足のように使って楽団を運営し、家ではパートナーで楽団の第1バイオリン、シャロンと養子を育てている。強烈なオーラを放ち、向かうところ敵なし。すべてを決定し支配する。
順風満帆の人生は少しずつ狂っていくが、布石の置き方が心憎い。映画のスタイルはシンメトリーの画面構成、力強いリズムとテンポ。リディアの人生が順調な時は調和の象徴となって物語を推進していたそのスタイルが、彼女の歯車が狂い出すにつれてよそよそしさと拒絶を強調する仕掛けとなってくる。不穏な空気の濃度を少しずつ高めてゆく、さじ加減が絶妙だ。
リディアの日常には小さなトゲが潜んでいる。ベテラン副指揮者を交代させる人事、指導した学生からの度重なる迷惑メール、見習いの天才チェリ…
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週刊エコノミスト
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