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世界初のNFT電子書籍「ハヤカワ新書」で書籍の二次流通市場は誕生するか

 2023年6月1日、早川書房とメディアドゥは6月20日発売の新レーベル「ハヤカワ新書」で、紙の書籍とNFT電子書籍をセット発売すると共同発表した。早川書房は今後も順次、「NFT電子書籍付」版を発売。また、SFやミステリなど既刊レーベルのNFT電子書籍化を進めていくという。これまでの電子書籍とは一線を画す「NFT電子書籍」が、出版業界や著者などにもたらすメリットについて解説する。

世界初、NFT電子書籍とは

 NFT(ノン・ファンジブル・トークン/非代替性トークン)とは、他のものと取り替えの効かないデジタルトークンのこと。一般的なデジタルアートや写真などのデータは容易に複製が可能だが、NFT化されたデジタルコンテンツは唯一性をもち、改ざんが不可能となる。それを裏付けるのがブロックチェーンの技術だ。NFTによってデジタルコンテンツのアセット(資産)化が進み、信頼性の高い取引が可能になったことから、2021年頃からNFTへの注目度は急速に高まっている。

 国内外ではすでに多くのNFTマーケットが誕生。数百円から数十億円のNFTアートが売買されるほか、NFT会員証、オンラインゲーム用NFTアイテム、メタバース上の土地など、多様なNFTアイテムが取引されている。そうした中、本編と同じ内容のNFT書籍を紙の書籍に付加するのは世界初の事例だという(メディアドゥ調べ)。

NFT電子書籍が生み出す新たな市場

 NFT電子書籍では、スマートコントラクトによって「NFT電子書籍を誰から誰に受け渡しするか」という移管の指示を第三者の介在がなく、自動的に履行することができるので、FanTop上で、「転売される都度、出版社や著者などに一定金額が自動的に支払われる」という仕組みを簡単に作ることができる。

 早川書房事業本部本部長の山口晶氏は、「紙の書籍の中古・新古市場は800億円程度と試算されている。大きな市場であることは知りながら、我々がその市場から利益を得ることはできなかった。しかし、NFT電子書籍の二次流通市場を創出できれば、スマートコントラクトの機能により、出版社や著者などのクリエイターに利益が還元される」と期待を込めて話した。

 出版社サイドのメリットは他にもある。例えば、FanTopのようなNFTサービスを通じて書籍購入者にプッシュ通知を出したり、アンケート調査を行ったりと、マーケティングにも活用できる。

「NFT電子書籍が1000タイトル、各1000部、つまり100万冊程度が売買されるようになれば二次流通市場が活性化する。電子書籍のNFT化にはあまりコストがかからないので、多くの出版社にNFT電子書籍に参入してほしい」(山口氏)

NFT電子書籍による新たな読書体験

 ハヤカワ新書のNFT電子書籍の一部には、通常版とは異なる限定特典が追加される。例えば6月20日発売の『名作ミステリで学ぶ英文読解』には、著者の越前敏弥氏とミステリー評論家・翻訳家の飯城勇三氏の特別対談を収録。また、7月刊行予定の『ソース焼きそばの謎』には、著者の塩崎省吾氏がソース焼きそばの老舗を訪問する動画が収録される。

 このようなデジタルコンテンツならではの特典について、ハヤカワ新書編集長の一ノ瀬翔太氏は、こう話す。「『名作ミステリで学ぶ英文読解』の限定特典は、書籍に換算すると32ページ分以上。紙の書籍なら価格に反映させたくなるボリュームだ。しかし、電子書籍なら物理的な制限を超えて、解説や注釈をつけることができる。さらに、NFT電子書籍の場合、『ソース焼きそばの謎』のように画像や動画、音声がつけられるのも魅力だ。ほかにも、NFT電子書籍をチケットのように活用すれば、何冊か読んだらプレゼントとか、ファンコミュニティに入会などの仕組みを作ることもできる」

 NFTの仕組みを活用すると、例えばミステリー小説に複数のエンディングを設定し、通常版とNFT版で異なるエンディングが読める、といった本作りも可能。また、NFTマーケット上で多種類のエンディングをコレクションするといった楽しみ方もできる。出版社やクリエーターの創意工夫次第で、NFT電子書籍は読者に新しい読書体験を提供するツールとなるだろう。

書店への利益還元も視野に

 NFTサービス「FanTop」を運営するメディアドゥは、出版社2200社以上、電子書店150店以上を結ぶ電子書籍取次の国内最大手で、2022年度の流通総額は1900億円に上る。1996年に代表取締役社長CEOの藤田恭嗣氏が創業し、2013年には東証マザーズに上場、現在は東証プライムに上場している。

 メディアドゥが運営する「FanTop」では2021年10月より、NFTデジタル特典付き出版物の取り組みを開始。これまでに70社以上と共同でNFTコンテンツの企画開発を行い、100タイトル近くの出版物でNFTデジタル特典企画を実施してきた。サービス開始から約1年半(2023年3月時点)で、NFTデジタル特典付き版の実売率は通常版に比べて32%高く、販売単価も通常版比で平均31%向上し、紙の出版物の売上向上に寄与している。

 メディアドゥFanTop事業本部部長の佐々木章子氏は「NFTデジタル特典付きの出版物には、従来の紙の本、電子書籍以上の楽しみがある。NFTデジタル特典付きの紙の出版物が広く認知されれば、読者がリアルな書店を訪れるきっかけとなる。今回のハヤカワ新書を含めて、NFTデジタル特典付き出版物の流通によって、読者、クリエイター、出版社、書店の『四方よし』の流通サイクルを作りたい」と話した。

 日本の出版物売上のピークは1996年で2兆6564億円を記録したが、それ以降、2018年頃までは下降線をたどっている。2020〜21年にはやや復調傾向が見えたが、それでも2021年の推定販売金額は1兆6742億円とピーク時より1兆円もダウンしている。一方、2014年から統計を開始した電子書籍の市場は右肩上がりで成長し、2021年には4662億円。出版物の推定販売金額の3割近くを占めるようになった(出版科学研究所『出版指標年報2022年版』より)。従来の紙の出版物や電子書籍と一線を画すNFT電子書籍は、出版業界復活の起爆剤となるか。今後の動向が注目される。

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