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週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

映画「ミッシング」を監督――吉田恵輔さん

「自由人でありたい。”映画界の高田純次さん”みたいになりたいんです」 撮影=武市公孝
「自由人でありたい。”映画界の高田純次さん”みたいになりたいんです」 撮影=武市公孝

映画監督 吉田恵輔/113

 ブラックコメディー「神は見返りを求める」や、ヒューマンサスペンス「空白」で見る者の心をざわつかせてきた吉田恵輔さん。5月17日公開の映画「ミッシング」は、その「空白」の流れをくむ作品だ。(聞き手=りんたいこ・ライター)

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「ゴールがない人へのメッセージを考えたかった」

── 吉田さん自身が脚本を書き下ろした2021年公開の映画「空白」は、事故で娘を亡くした父と関係者たちの、償いや許しを描いた作品でした。今回の「ミッシング」は、その「空白」から派生した物語だそうですね。

吉田 「空白」は、つらいことや耐えられないことがあった時、人はどうやって折り合いをつけるのかをテーマに、折り合いをつけられる人の話を書きました。でも、今作の主人公の沙織里は、今日も明日も明後日も、いなくなった幼い娘を捜し続けなければならない。そうしたゴールがない人は何に光を見るのだろう、その人たちにどういうメッセージを送れるのだろう、ということを考えたかったのです。

── 今作では、娘が失踪して3カ月がたち世間の関心が薄れていく中、唯一取材を続ける地元テレビ局の記者・砂田を通してマスコミのあり方にも触れています。

吉田 「空白」にもマスコミは登場しますが、描き方がステレオタイプで、にぎやかしのような存在でした。そこから一歩踏み込んで、マスコミはどういうことをする可能性があるのか。僕ももしかしたら彼らと同じようなことをするのではないか。そういうことを踏まえて脚本を書きました。

 吉田さん自身が脚本を書いた、5月17日公開の「ミッシング」は、失踪した幼い娘を捜し続ける母・森下沙織里とその夫・豊の苦悩の日々を描く感動作。沙織里を、22年の出産後、今作が初の映画主演作となる俳優の石原さとみさんが演じる。 吉田さんは今回、初顔合わせとなる石原さんについて「パワフルで本能的な芝居をする人」と評し、「ドキュメンタリーを撮っている感覚に近かった」と振り返る。テレビ局の記者・砂田裕樹を中村倫也さん、沙織里の夫・豊を青木崇高さん、娘の最後の目撃者となった沙織里の弟・土居圭吾を森優作さんが演じる。

根っからの悪人はいない

── 今作で、砂田の上司が砂田に、視聴率を獲得するために沙織里の弟・圭吾があたかも犯人であるかのような取材をさせます。

吉田 上司は圭吾を犯人とは言っていません。圭吾の言っていることが二転三転するから、もうちょっと詳しい話を聞いたほうがいいのではないかと言っているだけです。最近、マスコミを揶揄(やゆ)した「マスゴミ」という言葉を聞きますが、僕はいかにいいものを作るかというモチベーションは、テレビ局の人も映画監督も変わらない気がします。

── マスコミを自分たちと違う人間とは思わないほうがいいと。

吉田 テレビ局の人だって、ボタンをかけ違えたり、プレッシャーや締め切りに追われたりしてミスしてしまうことはある。ミスではなくても、視聴者に違う見方をされて、「捏造(ねつぞう)」と言われる可能性もある。だけど、僕はやり方にずるさがあったとしても、根っからの悪人はいないと思うんです。「マスゴミ」と言っている人たちだって、組織に入って追い詰められたら同じようなことをするかもしれません。

塚本晋也監督の現場で学ぶ

── ただ、その報道によって圭吾の生活は脅かされていきます。

吉田 僕は圭吾を、人とコミュニケーションを取るのが苦手な人として描きましたが、今の社会は、自分と違う振る舞いや考えの人を許さない風潮にある。相手を“こういう人間”と決めつけて攻撃するのではなく、もう少し想像力を働かせるような優しい世の中だったらうれしいんだけどな、と思います。

── そうした社会になった要因の一つにSNS(交流サイト)が挙げられます。今作でも、ネット上の誹謗(ひぼう)中傷を目にして憤慨する沙織里に、夫の豊は「便所の落書き」と言ってなだめます。

吉田 「便所の落書き」の時代だったらよかったんです。便所にいくら人の悪口を書こうが、当事者の目には入りませんから。要は、当事者に届く、もしくは分断を生む可能性があるものがSNSなのです。今はSNSがあまりにも先鋭化し過ぎて、恐怖すら感じます。今、企業や人が、コンプライアンス(法令順守)に神経をとがらせていますが、もはや正解を見失いつつあるのではないでしょうか。

 吉田さんが映画監督になりたいと思ったのは幼稚園のころ。当時、カンフー映画で人気の中国の俳優ジャッキー・チェンさんを、自分の映画で好きなように戦わせてみたいと思ったのだ。高校を卒業すると、専門学校の東京ビジュアルアーツに入学。在学中から自主映画を製作する傍ら、「鉄男」(1989年)や、近年の「ほかげ」(23年)で知られる塚本晋也監督の撮影に参加し、「映画製作の現場のあり方」を学んだ。 その後、「机のなかみ」(06年)で長編映画監督デビュー。以来、ボクサーの生き様を描いた「BLUE/ブルー」(21年)や「空白」、合コンで意気投合した男女の関係が変化していくブラックコメディー「神は見返りを求める」(22年)など、見る者の心をざわつかせる映画を世に送り出してきた。

「僕にとっての『良い映画』は自分を喜ばせること。なるべく自分の価値観をごり押ししたい」

── 映画を作…

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