プリンシパルから改革者へ――吉田都さん
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新国立劇場舞踊芸術監督 吉田都/112
世界3大バレエ団の一つ、英国ロイヤルバレエで最高位プリンシパルも務める中で感じた、海外と日本のバレエダンサーの置かれた環境の違い。すぐには変えられなくとも、一歩ずつ前進していく。第二のバレエ人生に没頭している。(聞き手=永野原梨香・ライター)
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── 少女のクリスマスの夜の夢を描いたバレエの名作「くるみ割り人形」の公演(2023年12月22日~24年1月8日、東京・新国立劇場)は大盛況でした。チャイコフスキーの曲に合わせた華やかな踊りが好評ですね。
吉田 子どもの習い事として定着しているバレエは今、観客の裾野も広がって、男の子も中高年層の男性も含め、たくさんのお客さまがいらっしゃいます。毎年、クリスマスシーズンから年明けにかけて上演するこの演目には多くの振り付けのバージョンがありますが、新国立劇場バレエ団のウエイン・イーグリング版の振り付けは非常に難しいのです。
── どんな点が難しいのでしょう。
吉田 さまざまなテクニックを織り交ぜて主役の男女がペアで踊るパ・ド・ドゥは、男性が女性を高らかに持ち上げたり女性のジャンプを支えたりと、アクロバティックな動きが続きます。他の演目では主役の男性と女性の組み合わせを変え、何回もご覧になる方には新鮮な発見のある舞台を届けたいと考えていますが、「くるみ割り人形」だけは毎年、同じパートナーで踊ることで、踊りの精度を上げつつ表現力を磨いています。
── 公演はすべて見ているのでしょうか。くるみ割り人形の公演は日程中、計17公演もあり、1日2公演の日もありました。
吉田 もちろんです。バレエは生の舞台。その日にできていた踊りが翌日にもできるとは限りません。私がきちんと見て、改善すべき点を繰り返し伝えることが、質を維持するために必要です。そして、全部見ているからこそ、ダンサー一人一人を公平に評価できると思っています。コール・ド・バレエ(群舞)のダンサーを一人の踊りにチャレンジさせる際、本番でどこまでの力を発揮できるか、どんな役が向いているか、公演を見ていれば判断できます。
主役を踊る力があると思ったら、プリンシパル(バレエ団のトップダンサー)以外でも主役を踊ってもらいます。舞台の質は上がってきていますが、さらにレベルアップしたい。そのために、コール・ドの後ろの方のダンサーまでくまなくチェックします。ダンサーたちは嫌だと思います。監督就任当初、「コール・ドのダンサーが監督に注意されてびっくりしていた」とスタッフに言われました。
「ロイヤルの至宝」に
── 吉田さん自身も英国でコール・ド・バレエから始めてソリスト(一人で役を踊ることができるダンサー)、そして最高位のプリンシパルになりました。
吉田 コール・ドの経験があるからコール・ドのダンサーの気持ちも分かります。プリンシパルになれば、環境も周りの見る目も変わり、バレエ団を率いるという重圧までのしかかる。それぞれのダンサーの置かれた立場や気持ちがよく分かります。つらい思いもたくさんしましたが、無駄なことはありませんでした。それが今に生きています。
吉田さんは、英国のサドラーズウェルズ・ロイヤルバレエ(現バーミンガム・ロイヤルバレエ)、そして、世界3大バレエ団の一つ、英国ロイヤルバレエで計22年間、プリンシパルを務めた。英国ロイヤルバレエではアジア人初の女性プリンシパルで、音楽にぴったりと合った軽やかなステップやジャンプ、ブレのない回転、優雅で気品あふれる踊りで「ロイヤルの至宝」とも称された。英国ロイヤルバレエを10年に退団する際は、英国のチャールズ皇太子(現チャールズ3世国王)から公演プログラムにメッセージが寄せられた。
── 英国ロイヤルバレエを退団後、フリーランスで活動して19年に現役を引退し、20年に新国立劇場バレエ団の舞踊芸術監督に就任しました。自身のカンパニー(バレエ団)を作る道もあったのでは?
吉田 現役時代から引退後の目標を立てているダンサーもいますが、私は踊ることが好きで踊ることだけに集中していたので、引退後、自分のカンパニーを持つことは考えていませんでした。ですが、芸術監督の話をいただいてはじめて将来について考える機会を持ち、ダンサーを取り巻く環境を変えていけるのではないかと思い、引き受けることにしました。
海外と日本ではダンサーの置かれた環境は大きく違います。例えば、報酬面では海外のバレエ団は年俸制が一般的で、生活の心配は少ないのですが、日本は出演した回数に応じて収入が増減する仕組みです。新国立劇場バレエ団は日本で唯一の国立劇場付のバレエ団。ここの環境を変えることが、日本全国のダンサーを取り巻く環境を変える一歩になると考えました。
踊りに集中できる環境整備
── 日本のダンサーの中には、舞台に立ちながらバレエ教師などを兼業しているダンサーもいますね。改革の進捗(しんちょく)はいかがですか。
吉田 ダンサーが安心して生活でき、踊りに集中することができる環境づくりが必要ですから、まず報酬体系を見直しました。ダンサーの報酬は固定給と公演ごとの出演料の2層構造。病気やけがで出演できなくなったら出演料が入らないので、安心して治癒に専念してもらえるよう、少しですが固定給の部分を増や…
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週刊エコノミスト
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