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深層学習は金融技術にも革命をもたらす 山田俊皓

 深層学習を金融分野でも活用する動きが広がっている。人間の職業が奪われるといった「AI脅威論」は誤解が多い。

AIで職は消滅せず 長・短所理解を

 深層学習(ディープラーニング)の技術などの人工知能(AI)が多くの分野で利用されている。それは金融分野でも例外ではない。深層学習が金融実務でなぜ有用な方法になり、現在どのような利用法やインパクトがあるか解説し、将来の展望について述べる。

 深層学習とは人間の神経細胞と同様の仕組みを持つ「ニューラルネットワーク」にデータを入力し、データに含まれる特徴を段階的に深く学習することである。昨今はコンピューターの発展により、多層のニューラルネットワークに大量の画像データや音声データ、テキストデータを入力し、データの特徴を自動的に学習することが可能であり、非常に高い精度で適切な解を出すことができる。

 金融分野への直接的な応用としては、例えば決算情報やニュースのテキストデータを学習し、従来のアナリストの業務を代替して投資判断へ応用するなどの用途がある。深層学習の技術を用いることで、クラシカルな方法で行っていた業務の効率化や、あるいはこれまでにできなかったことが実行可能になっている。

 深層学習による金融技術のブレークスルーの一つとして、リスクヘッジや金融商品の価格付けを行うことが挙げられる。リーマン・ショック後、金融機関のリスク管理や金融商品の価格付けの考え方は大きく変わった。例えば、デリバティブ(金融派生商品)の価格は、ノーベル経済学賞(1997年)の受賞テーマとなった「ブラック・ショールズ方程式」の解のような量に、取引先の信用力を評価して反映するCVA(信用リスク調整)と呼ばれる調整額を加えた値として与えられる。

金融工学への応用も

 これは数理モデルとして見れば、デリバティブ評価が、信用リスクを加えたより複雑な方程式を解く問題に置き換わったといえる。その方程式の難しさは、その解が自身の影響を受けて発展する「入れ子構造」を持つことである。例えばCVAはデリバティブの価格の一部だが、CVA自身がデリバティブの価格の影響を受ける。一般に、金融の数理モデリングでは複数の資産や経済情勢を表す多変数ファクターを考慮する必要があるが、それを解く場合、計算コストが指数的に増大する「次元の呪い」の問題に抵触する。

 そのような状況において、2017年ごろから深層学習により現実的な時間で解く「ディープソルバー」と呼ばれる方法が登場した。これは、金融工学や数理ファイナンス、あるいは数値計算の分野ではある意味で衝撃的だったかと思われる。一方で、ディープソルバーは現実的な時間で解くことを可能にしたが計算が速いというわけではない。しかし、その登場後は深層学習を用いたさまざまな解法が研究されている。

 筆者は東京大学の高橋明彦教授とアセットマネジメントOneの土田容史氏とともにディープソルバーの高速化に関する方法を提案し、論文(Journal of Computational Physics,2022)を発表した。

 この論文の基本的なアイデアを粗く述べれば、例え…

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