漫画家・横山光輝の描く項羽と劉邦 中国思想史の専門家が解説 加藤徹
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漫画家の横山光輝の作品は幅広い。『鉄人28号』『魔法使いサリー』『バビル2世』など子ども向け漫画もあれば、『三国志』や『水滸伝』など古典ものの大作も多い。『項羽と劉邦』は1987年から92年にかけて連載された歴史漫画だ。秦(しん)の始皇帝の時代から、項羽と劉邦の天下争奪の戦いの決着までを描く。
渡邉義浩『横山光輝で読む「項羽と劉邦」』(潮新書、990円)は、横山が描いた乱世のダイナミズムを、中国古代政治・思想史の専門家で早稲田大学教授でもある著者が解説する。フリガナは多めで文章は読みやすい。横山の漫画『項羽と劉邦』はじめ図版の引用も豊富だ。
紀元前3世紀の項羽と劉邦の戦いは、漢末の三国志の乱世と並び、日本では人気がある。1980年には司馬遼太郎の小説『項羽と劉邦』が刊行されベストセラーとなった。
横山は87年、月刊『コミックトム』で『三国志』の連載を終えた。担当編集者は横山に『項羽と劉邦』の執筆を提案した。横山が渋ると、編集者は「司馬遼太郎よりも前に長与善郎の『項羽と劉邦』があります」とうながした。長与の作品は1917年に発表された戯曲で、宝塚で舞台化されたこともある。
横山は江戸時代の講談風の読み物『漢楚(かんそ)軍談』を種本として、司馬遷(しばせん)の『史記』も参考にして描いた。
秦の始皇帝は、地方分権的な封建制を廃止し、強力な中央集権制を敷いた。旧勢力は反発した。始皇帝の死後、天下は分裂した。楚の武将であった項羽は、旧来の封建制を復活させ中国を統治しようとした。農民出身の劉邦は、旧秦の官僚であった蕭何(しょうか)に内政を託し、秦の故地に中央集権的な官僚制度を再建した。項羽と劉邦の戦いは、個々の戦闘の作戦の面白さもさることながら、中国をどうデザインするかの政治・思想の対決でもあった。中国文明の形が決まる生みの苦しみの時代を生きた男たち一人一人の顔を、横山は漫画で活写す…
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週刊エコノミスト
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