法務・税務

新制度で管理不全マンションのあぶり出し狙うも不発に 土屋輝之

 もともと管理意識の低いマンションには、マンション管理の新制度のメリットもなかなか響かない。負担が増える自治体も、重い腰が上がらない。

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 マンション管理が適正かどうかを自治体が認定する「マンション管理計画認定制度」が昨年4月に始まった。しかし、全国で認定件数は思うように伸びていない。今後、老朽マンションの一層の増加が見込まれる中で、管理の質の維持・向上はマンションの長寿命化や再生のためにも不可欠だが、制度を創設した国の狙いはもろくも外れてしまっている。

 管理計画認定制度は2020年、改正マンション管理適正化法が成立したのを受けて創設された。マンションが建物自体の老朽化と入居者の高齢化という“二つの老い”に直面する中で、マンションの管理状況を自治体が認定する仕組みである。マンションが管理不全に陥ってしまえば、入居者の合意形成が必要な修繕や建て替えなども困難となり、“スラム化”して地域にも悪影響を及ぼしかねないとの危機意識が背景にある。

 管理計画認定制度は、管理組合が長期修繕計画や修繕積立金の設定、意思決定する総会の運営状況などを管理計画として自治体に認定申請する。その内容を国土交通省が定めたガイドラインや自治体独自の基準に沿って適正と判断すれば、自治体が「認定」のお墨付きを与える(5年ごとに更新)。認定されたマンションは公開も可能で、管理状況が基準を満たすマンションとして資産価値向上につながるメリットを期待する。

 管理計画認定制度と同時に昨年4月、マンション管理業協会が実施する「マンション管理適正評価制度」も始まった。マンションの管理状況や管理組合運営の状況を、管理計画認定制度よりさらに細かな基準に沿って6段階(星数で表示)で評価する(1年ごとに更新)。さらに、その評価をインターネットを通じて公開し、中古流通市場での評価に反映させることを目指す仕組みだ(表1)。

“二つの老い”深刻化

 実際、マンションを巡る“二つの老い”は年々深刻化する。国交省によれば、築40年以上のマンションは2021年末時点で115.6万戸と、過去10年間で5倍近くに増加した。10年後にはさらに2.2倍の249.1万戸、20年後には3.7倍の425.4万戸にまで増える見込みだ(図)。マンションの世帯主が70歳以上の住戸の割合も、築40年以上では48%となり、適正な管理はとてもおぼつかない。

 滋賀県野洲市は20年、廃虚化した地上3階建て9戸のマンションを、空き家対策特別措置法に基づく行政代執行によって撤去する事態に追い込まれた。代執行の費用は1億1800万円で、マンションの管理不全を放置すれば自治体にも重い負担となって跳ね返ってくる。管理計画認定制度は、そうした“スラム化”しそうなマンションを事前にあぶり出す狙いがあると筆者は考えている。

 しかし、管理計画認定の手続き支援サービスを実施する公益財団法人マンション管理センターによると、認定を取得したマンションは121件(今年8月3日時点)、新築分譲マンションの管理計画案を認定する予備認定の取得数は847件(8月2日時点)と、計968件にとどまっている。国内のマンション全体の棟数が約400万棟とされるのに比べれば、あまりに少ないと言わざるを得ない。

 その原因の一つは、自治体側の負担の重さにあると考えられる。管理計画認定制度を自治体が始めるには、自治体がいかにマンションの管理適正化に取り組むかを示す「マンション管理適正化推進計画」を作成する必要がある。しかし、自治体に作成する義務まではなく、国交省によると昨年12月末時点で推進計画を作成する意向がない県は12あり、都道府県庁所在地や政令指定都市、中核市以外の市では506(71.7%)もある(表2)。

薄いインセンティブ

 マンションが少ない地方の自治体が、管理計画認定制度に消極的なのはまだ理解できるとしても、中には静岡県沼津市のように、マンションが比較的多いのに取り組まない自治体もある。もともとマンション管理についての知見が乏しい中で、新たな事業へのマンパワーの捻出に苦労していると思われる。また、認定申請には手数料が必要だが、新たに手数料を徴収するための条例制定などにも時間がかかっているようだ。

 管理組合側にもインセンティブが薄い。そもそも、国があぶり出したいと狙う管理不全に陥りそうなマンションは、自分たちの代さえ無事に住めればいいと考える人が多く、手間も時間もコストもかかる認定申請の作業自体に取りかかる意欲がない。仮に申請したとしても、不認定という烙印(らくいん)を押されるだけであることが分かり切っている。

 国交省は認定を受けたマンションに対し、管理組合が大規模修繕工事の際に住宅金融支援機構から借り入れる融資の金利引き下げや、修繕積立金を運用する同機構の「マンションすまい・る債」の金利上乗せなどの措置に加え、今年4月からは認定を受けたマンションが長寿命化のための大規模修繕工事をした際、建物の固定資産税を減額する税制を創設した。しかし、管理意識に乏しいマンションにはほとんど響いていない。

 マンションはこれまで私有財産という大前提のもとで、管理組合や所有者の自己管理に委ねられてきた。国内にどれほど管理組合が存在するのかというデータもない。管理組合の設立を定めた改正区分所有法の施行は1984年1月で、それ以前に建てられたマンションでは管理組合が存在していないところも少なくない。マンションの入居者や所有者の意識を変えるには、まだまだ途方もない時間がかかることは間違いない。

「第三者管理」を格安で

 一方、マンション管理業協会の管理適正評価制度は、今年8月3日時点で1511件のマンションが評価を受けており、このうち最も評価が高い五つ星は335件(22.1%)、四つ星は502件(33.2%)ある。管理計画認定制度と合わせてワンストップで評価を受けたマンションも66件ある。管理適正評価制度もまだ登録件数自体は少なく、中古流通市場での評価に表れるのはこれからだ。

 ただ、中古流通市場では、購入希望者の多くが検索する仲介サイトで、管理適正評価制度による物件の評価を掲載することが当たり前になってきた。マンションの管理状況は購入希望者が外部から見るだけでは分かりにくく、星の数によって評価された管理の質は購入するかどうかを判断する際の大きな参考になる。評価件数が今後も増えていけば、中古流通市場での価格としても反映されるようになるだろう。

 結局のところ、マンション管理の質は今後、二極化していくことになる。筆者の元にも、管理に悩む管理組合からさまざまな相談が寄せられるが、相談を持ち掛けてくれるマンションはむしろ意識が高い方だ。管理計画認定制度の課題は、そうではないマンションを動かせていないところにある。現行制度を前提とすれば、自治体が自分たちの課題として重い腰を上げ、地域のマンションを粘り強く掘り起こしていくしかないだろう。

 マンション管理を巡っては最近、気になる動きがもう一つある。管理会社が管理組合の理事長(管理者)を代行する「第三者管理方式」を、破格の料金で提案することが増えていることだ。誰もが煩わしさを感じる管理組合の運営業務であり、安いコストで引き受けてくれるならありがたいと思うかもしれない。しかし、第三者任せにしていると、将来に大きな禍根を残すリスクがある。

将来値上げする魂胆?

 管理会社が新規のマンション管理を受注する際、この第三者管理方式による管理を、通常の理事会方式で管理会社に支払う管理委託費用と同程度の料金で提案している。つまり、管理会社として通常のマンション管理も手掛けながら、新たに理事長の業務も追加の料金を実質的に不要として請け負おうというのである。

 しかし、筆者の感覚では、この金額で管理組合の管理者を受託するのは、事業としてはとても見合いそうにない。管理会社としては、マンション管理のどこかの部分で利益を上げる必要がある。それは将来に管理費の値上げとなって表れるのかもしれない。実際に、管理費の値上げ交渉と同時に、第三者管理方式を管理組合に提案している管理会社もある。値上げを断れば管理会社から契約解除され、マンションが“管理難民”となりかねない。

 また、新興のマンション開発業者の中には、新築時から第三者管理方式を導入しているところも少なくないといわれる。マンション管理から管理組合運営まで、すべて管理会社におんぶにだっことなってしまえば、管理にかかる費用を抑制しようとする努力も働かない。マンション管理の質の維持・向上には特効薬はなく、入居者・所有者が日々主体的に管理していくしかない。

(土屋輝之・さくら事務所マンション管理コンサルタント)


週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載

空き家&老朽マンション 昨年4月開始も…… 自治体の管理計画認定制度 「管理不全」のあぶり出し不発=土屋輝之

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