生誕300周年のアダム・スミスから見る現代のビジネス 石井泰幸
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今年2023年は経済学の父アダム・スミス生誕300周年という記念碑的な年である。一般的に、スミスは経済学の父として有名であるが、彼自身は生前、道徳哲学者としてその名を知られており、スミスにとって経済学は人間がもつ取引への欲求を明らかにするもので、彼にとって経済学は道徳哲学の一部に過ぎないものであった。
その意味で、スミスの視座は、そのような人間がもつ本性から、人間が豊かに生きようとする文明社会の本質に迫ろうとするものであり、非常に厚みを持ったものであった。それゆえ、スミスは私たちに混迷を極める現代を乗り越えるための多くのヒントを与えてくれるであろう。そこで、ここではスミス生誕300年という機会に、スミスからのメッセージをビジネスの現場に生きる私たちがどのように受け取ることができるかを考えてみたい。
スミスが生きた18世紀イギリスは、産業革命がまさに幕を開けんとした時代であり、私的所有権、株式会社、信用創造による資金調達を可能にする銀行制度が確立していた。人々の実質賃金は増加傾向にあり、一見するとバラ色の将来が約束された社会が実現しつつあるかに思われた。
ルソーの批判
しかし、当時の社会をフランスの政治思想家ジャン・ジャック・ルソーは痛烈に批判した。というのは、この時代は、人間の利己心が前面に押し出され、それによって戦争、不平等、不自由が拡大していく時代でもあったからである。
翻って現代に目を向けてみると、ロシアによるウクライナ侵攻、リーマン・ショックの一因となったむき出しの利己心に基づくマネー・ゲームによる世界経済の支配と格差の拡大といった問題が顕(あら)わになっている。つまり、現代は、戦争、不平等、不自由が拡大している意味で、ルソーが批判した18世紀の状況から決して遠いものではないのである。
しかし、私たちの生活が文明化によってかつてと比較してはるかに豊かになったことは否定しえない事実である。例えば、科学技術の発展による化学肥料の発明や農業技術の改良は、飛躍的な食糧増産をもたらし、多くの人々を飢餓の危機から解放した。また、私たちは、市場経済の発達のおかげで、スーパーマーケットやインターネットで多種多様な商品を購入することができ、テレビ、映画、YouTube等、かつては全く考えられなかったほどの幅広い娯楽を享受することができている。
したがって、スミスは、このように…
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週刊エコノミスト
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