週刊エコノミスト Online書評

江戸時代には実利的学問とは別に遊技的学問が開花した 今谷明

 近世(江戸時代)の日本は鎖国によって西欧との交流が閉ざされ、自然科学の面で大きな後れを取ったと見られがちである。しかし、京都の金座役人・中根元圭(げんけい)(数学者)の建白によって八代将軍徳川吉宗が、キリスト教に無関係の洋書の輸入を解禁した(1720年)ことで、実際には科学系の知識も多く日本に入っていた。

 最も進境が著しかったのは医学で、杉田玄白らによる『解体新書』の翻訳出版を経て、19世紀初頭には全身麻酔による手術が華岡青洲によって世界に先駆けて行われた。次いで6月の本欄でも言及したが、寛政から文化年間にかけて北方探検や全国測量等が実施され、その成果は“文化の地理学”と総称され、特筆されている。

 医学なら「実験」、地理学なら「実測」をそれぞれモットーとすることによって、近代の実証主義に通ずる技術・学問が行われたのである。

 右のような実利・実験的な科学とは別に「趣味的」ともいうべき遊技的な学問というか分野が、身分の上下にかかわらず発展したのが近世の特色である。池内了著『江戸の好奇心 花ひらく「科学」』(集英社新書、1210円)は、和算、本草、園芸、育種、からくり等、江戸の趣味的科学分野を、現代の宇宙物理学者が広く一望した書物である。

 10年ほど前、月刊『東京人』が“江戸の理系は世界水準!”なる特集を出版したことがあるが、これを池内著と読み比べてみると興味深い。ことに注目されるのは、本草学から発展した園芸・育種分野で、大名庭園のある六義園(りくぎえん)の北方、染井に植木市が発達し、幕末に訪日した英国の植物学者を驚嘆させた。また彩色豪華な植物図鑑も出版され、その編者や画家の中には…

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