再考が求められる学校給食無償化 小林航
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経済学の観点から学校給食の無償化について考える。
全額税負担はかえって格差を拡大させる
学校給食にかかる費用は、誰が負担するのが望ましいのだろうか。学校給食法では、小中学校の給食の実施に必要となる施設費や人件費については学校設置者である地方自治体の負担とし、食材費を中心としたそれ以外の経費については保護者の負担としているが、近年、これを無償化する自治体が増えている。さらに政府も今年6月に閣議決定した「こども未来戦略方針」において「学校給食費の無償化の実現に向けて(中略)具体的方策を検討する」とし、国策としての給食費無償化を検討する姿勢を見せている。
では、なぜ今、無償化すなわち全額公費負担に向けた動きが広がっているのだろうか。
背景に貧困への意識
背景の一つとして考えられるのは、子どもの貧困に関する意識が高まったことである。2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が制定され、14年6月に閣議決定された「骨太の方針2014」でも「官民が連携して子どもの貧困対策を推進する」とされた。
既存の制度は低所得世帯に限定して支援を行うものであるのに対して、給食費を無償化するというのは、高所得世帯も含め、誰からも給食費を徴収しないというものである。社会保障の用語でいえば、前者は「選別的給付」に相当するのに対して、後者は「普遍的給付」に相当する。両者の違いを簡単なモデルで確認してみよう。
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ここにAからFまで6人の個人がいるとする。A、B、Cは政府が行うある事業の利用者であり、それぞれ60ずつの便益(利益)を得ているのに対して、D、E、Fはその事業の利用者ではなく、便益は得ていない。また、AとDの所得は800という高水準であるのに対して、BとEは500、CとFは200という所得をそれぞれ稼ぐものとする(表1)。
この事業には180の費用がかかっているが、その負担はどのように分け合うのがよいだろうか。この事業のように利用者と非利用者が明確になっているような状況では、受けた便益に応じて負担すべしという応益原則に従い、利用者(受益者)に利用料を負担してもらう方法が考えられる(表2)。
しかし、所得の低いCにはこの負担が重く、利用料を免除するのが適当と考えられる場合には、その分を公費で負担するという方法もある。公費の財源は税であり、税は通常、負担できる能力に応じて負担すべしという応能原則に従って賦課されることが多い。
そこで、各個人の所得に比例する形で課税する税制を考えよう。この場合、税率を2%とすると、6人の個人が納付する税の合計は60となり、Cの利用料を免除するための財源を確保することができる(表3)。注意が必要なのは、税はサービスの利用の有無に関係なく、負担するものであるということである。
他方、Cだけ免除するのではなく、利用料を徴収せずにすべて公費で賄うという方法もありうる。税率を6%とすると、この事業にかかる180という費用をすべて公費で賄うことができる(表4)。
これらの費用負担方法がもたらす帰結を比較するために、効用という概念を導入しよう。効用とは個人の満足度や幸福度を表すものであり、ここでは各個人がこの事業から得る便益と、それ以外に自分で購入する商品などから得る便益の合計で表されるものとする。さらに、後者の便益は所得から利用料と税を引い…
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週刊エコノミスト
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