マルクス主義への懐疑と批判➁マルクス主義の体系は科学というより思想だ 小宮隆太郎
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思想としての影響力の大きさや偉大さを認めつつも、単純な図式で割り切って考える人が多いと、筆者は指摘する。
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こみや・りゅうたろう 1928年京都市生まれ。52年東京大学経済学部卒業。55年東京大学経済学部助教授。64年米スタンフォード大学客員教授。69年東京大学経済学部教授。88年通商産業省通商産業研究所所長。89年青山学院大学教授。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。戦後の日本の近代経済学をけん引する一方で、後進指導に尽力し、政財官界に多くの人材を輩出した。2022年10月死去。「現代資本主義の展開――マルクス主義への懐疑と批判」は本誌1970年11月10日号に寄せた論考である。
「現代資本主義の展開」について述べるにあたって、最初に三つのことを申し上げておきたい。
まず第一に、私がつねづね痛感していることだが、「現代資本主義」という問題にかんして、とくに日本では、マルクス主義というか、マルクス経済学というか、あるいはマルクス・レーニン主義というか、カール・マルクスを出発点とする思想体系の影響力が、依然として非常に大きいということである。日本で経済学を学んでいるものは、私自身も含めて、自分が想像している以上にマルクス主義の影響を受けているように思う。
現代の経済とか社会とか、あるいは階級とか国家とか、戦争とかいった問題を考える場合に、ものごとの考え方の出発点として、マルクス主義の理論的体系を一つの基準として考えている場合が多い。このことは、マルクス主義の思想としての偉大さを客観的に示すものである。
共通の基盤がない
これはマルクス主義の立場を、大体において肯定している人々についていえるだけではなく、マルクス主義の批判者についても、多かれ少なかれいえることである。マルクス主義の批判者だと自称しながら、案外、マルクス主義的なものごとの考え方、カール・マルクスの壮大な体系のとりこになっている人が少なくない。また、たとえば、いろいろな機会に学生諸君と議論をしていると、ろくにマルクス経済学を勉強したわけではないのに、マルクス主義の単純な図式で、ものごとを割り切って考えている人が多いのに驚かされる。
第二に、そのように、マルクス主義は、今日でも、日本のみならず、社会主義諸国はもとより、世界中で大きな影響力を持っているが、マルクス主義の壮大な体系は、いまやこれまでのままの形では、その構成要素の多くのものが、まったく非現実的なものになってしまった、と私には思われる。ことに、「現代資本主義論」という次元に問題を限定してみると、実証的な社会科学としては、マルクス主義の体系はほとんど修繕できないまでに、破綻をきたしているように思われる。
そこで、以下では現代の資本主義の展開をめぐって、マルクス主義的な現代資本主義論がどのように非現実的となり、…
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週刊エコノミスト
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