化学産業のESG対応を評価する キーリー・アレクサンダー竜太
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日本の化学産業は、鉄鋼に次いで温室効果ガスの排出量が多い。ESGについてより踏み込んだ対応が必要で、具体例も紹介する。
社内認定制度を作った日東電工
ESG(環境・社会・ガバナンス)という言葉や概念が一般社会にまで広く浸透し、企業がESG経営を行うことは、あらゆる業種で求められる国際的な潮流となっている。ただ、その取り組みは業界ごとに傾向が見られる。今回は、世界経済の主要な産業であり、世界の国内総生産(GDP)の4%を占める化学産業について、ESGの観点から見た課題や取り組みについて検証する。
化学製品はヘルスケア、包装、農業、繊維、自動車、建設など、多様な分野に影響力を与えており、世界中で作られる製品の実に96%が何らかの化学製品に依存していると言われている。その一方で、化学産業は製造プロセスにおいて必要とされる大量のエネルギーを、化石燃料に依存して確保する傾向が世界的に見られる。そのため、鉄鋼業やセメント業と並び、二酸化炭素(CO₂)高排出産業の上位に位置する産業でもある。
また、触媒分解、分別蒸留、晶析などの製造プロセスにおける水資源への高い依存度も課題の一つである。製造プロセスに加えて、化学物質や廃棄物の不適切な管理により、水、土壌、大気の汚染などを通した自然資本への悪影響も懸念されている。
化学産業のバリューチェーンは直線的になりがちで、使用資源の再利用率やリサイクル率が低いことも課題と言える。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、化学肥料として投入された窒素の最大70%は作物に吸収されず、生産されたプラスチックは9%程度しか国際的に回収されていない。
これらの複合的な理由から、多数の機関が公表するESG評価で、化学企業の80%近くは中・高リスクカテゴリーに分類されると推定されており、化学産業は他の産業への影響力が極めて高いにもかかわらず、環境や社会への悪影響について改善すべき点が多く見られる産業と言わざるを得ない。
関連指標報告は義務化へ
環境や社会に与えるネガティブな影響について、世界の化学業界がまったく対策を講じなかったわけではない。1985年にカナダで始まった「レスポンシブル・ケア」(RC)に代表される、化学産業独自の環境・安全に関する自主的な取り組みが、工業先進地域を中心に発展してきた。
しかし、それだけでは十分と言えない時代へと突入し、化学産業が独自のプログラムで投資家などに行ってきたESG関連指標報告は、現在では義務化の方向へと動いている。証券監督者国際機構(IOSCO)は2021年、ESG格付けやデータ提供者への監督強化について勧告した。
英国政府はこれを受け、産業を問わずにESG指標の公開を義務付ける意向を示し、欧州委員会も同様にESG関連情報の公開規則化などへ積極的な姿勢を示すようになった。米証券取引委員会(SEC)は22年時点で、すべての報告者に対する温室効果ガス排出量報告のルール制定について諮問を開始している。
日本でも国際情勢の変化を受け、50年までにカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)の実現を目指すことを表明した。化学産業は日本の産業において鉄鋼に次ぐ第2位の温室効果ガスを排出しており、ESG対応という点では、いかに温室効果ガスの排出量を抑えつつ、エネルギー利用を極小化するかが重要視されている。
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週刊エコノミスト
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