スポーツの技術革新の本質 成塚拓真
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走り高跳びやバスケットボールなど、技術革新が起きて競技の仕方が大きく変わった例がある。
囲碁AIがスポーツ界に波及
スポーツは技術革新の繰り返しによって発展してきた。スポーツの技術革新は偶然生じることもあれば、道具の改良や新たな戦術の考案がきっかけとなることもある。
例えば、走り高跳びは1968年のメキシコ五輪を機に技術革新が起きた例だ。走り高跳びではそれまでベリーロールという跳び方が主流だったが、この大会で米国のディック・フォスベリー選手が披露した背面跳びは世界に衝撃を与えた。彼はこの大会で金メダルを獲得しただけでなく、世界中のハイジャンパーの跳躍スタイルを背面跳びに変えてしまった。その後、背面跳びは何度も世界記録を塗り替え、現在でも最も効率的な跳び方と考えられている。
道具の進化による技術革新もオリンピックを機に度々話題になる。例えば、98年長野五輪のスラップスケートというスケート靴(スピードスケート)、2008年北京五輪の高速水着(競泳)、16年リオデジャネイロ五輪の厚底シューズ(マラソン)はその一例だ。いずれも多くの世界記録更新をもたらし、競技者のトレーニング方法にも大きな影響を与えた。近年、スポーツ科学の発展によって単純な身体能力の向上が頭打ちになる中、道具の進化による技術革新は今後も続くだろう。
00年代になると、これまでとは異なる要因として、スポーツデータの普及による技術革新が見られるようになった。これを象徴する出来事は、米メジャーリーグのオークランド・アスレチックスが00年代初頭に続けた快進撃である。快進撃を支えたのは、セイバーメトリクス(統計学に基づく指標で選手を評価する手法)に基づく選手起用の効率化と徹底的なデータ分析だ。この一連のストーリーはマイケル・ルイス著『マネー・ボール』(ランダムハウス講談社、邦訳版04年)によって一躍有名になった。
バスケに大きな変化
米プロバスケットボールNBAでもこの10年間で決定的な戦術変化があった。それは3ポイントシュートの急増だ。バスケットボールでは、ゴールから近い位置でのシュートほど成功率が高いが、1回のシュートで期待される得点(得点期待値)という観点では、成功率が低くても得点の高い3ポイントシュートが悪くない選択肢となり得る。3ポイントシュートの試投割合(全シュート数に占める3ポイントシュートの割合。失敗したシュートも含む)は79〜80年シーズン以来微増を続けたが、膨大なシュートデータの分析によってその有効性が示されると、ここ10年で急上昇した(図)。同時に得点期待値の低いミドルレンジからのシュートはほとんど見られなくなった。
さて、以上のようなデータ分析の普及は、コンピューターの性能向上や機械学習の発展と相まって、人工知能(AI)の高性能化を推し進めた。現在、こうしたAI技術の発展は、ある出来事を経てスポーツ界にも新たな技術革新をもたらそうとしている。その出来事とは、囲碁のAIとプロ棋士の対戦である。
囲碁というと、10年ほど前までは、コンピューターが人間に太刀打ちできないボードゲームとして有名だった。実際、90年代にはオセロやチェスで人間を凌駕(りょうが)するレベルのAIが出現していたが、その中で最後の砦(とりで)といわれたのが囲碁だった。囲碁AIの開発が困難だった理由は、可能な打ち手の…
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週刊エコノミスト
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