遺伝をめぐる科学研究と平等主義の両立を模索する刺激的な試み 荻上チキ
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人の能力や成長が、環境的な要因によって大きく左右されることは、今では広く認められている。
他方で、私たちは生まれた時に、遺伝的な気質を持っている。髪の毛や目の色、身長の伸びやすさ、性格や知性の身につきやすさなど。高身長の人物がプロスポーツで活躍したり、美しいとされる見た目の人がメディアで人気になるといったことも、珍しくはないだろう。私たちの社会的立場にもまた、相当に遺伝的要素が関わっている。
『遺伝と平等 人生の成り行きは変えられる』(キャスリン・ペイジ・ハーデン著、青木薫訳、新潮社、3300円)は、遺伝をめぐる科学研究と平等主義の両立を支持するという立場から、社会を語り直している一冊だ。そのうえで、異なる遺伝的な傾向を持つ人たちが、遺伝的多様性が尊重され、幸福となることが可能な社会を考えようと呼びかけている。
本書では、「社会くじ」と「遺伝くじ」という言葉で、私たちの境遇を整理している。後者は、日本でのバズワード風に置き換えれば、「遺伝ガチャ」ということになるだろうか。
もちろん、あるDNAの組み合わせを持って生まれたからといって、直ちに社会における厚遇/不遇が決まるわけではない。例えば、その身体特性にあったスポーツが社会的に人気かどうか。ある相貌が評価されやすい社会かどうか。その特性を伸ばしてくれるような環境で生まれたか。このように、遺伝くじがどのように発揮されるかは、その時の教育システムや労働市場がどのようなものであるかに左右される。
他方で、社会的な環境を整備したり、個人の努力を最大限に発揮したとしても、その人が特定の能力を開花させられるとは限らない。遺伝的な差異がないかのように語り、だからこそ社会環境さえ整えば、平等なレースが可能かのように語るのは、別の不平等の隠蔽(いんぺい)になるだろう。
「人は生まれながらにして能力に差があるのだ」という語りは、人種差別…
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週刊エコノミスト
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