スペシャル対談《植田日銀の行方》河野龍太郎 × 門間一夫
マイナス金利政策、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)──。日銀は2%の物価目標に向けて異例の金融緩和を続けてきた。インフレが顕在化する今、日銀はどう動くのか。日本を代表するエコノミストの河野龍太郎・BNPパリバ証券経済調査本部長 チーフエコノミストと門間一夫・みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミストの2人に対談してもらった。(司会=桐山友一/浜條元保・編集部、構成=村田晋一郎・編集部)
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── 4月に植田和男氏が日銀総裁に就任して半年以上がたった。ここまでの評価は?
門間 経済に不確実性が大きい中で、金融政策も市場などとのコミュニケーションもうまくやっていると思う。特に7月のイールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)の修正はうまくやったと思う。長期金利の変動幅の上限をそれまでの「0.5%程度」から「1%」としたが、どうしても長期金利は多少上がるので、金融を引き締める“タカ派”の政策と受け止められかねなかった。
その一方で、長期金利の目標を0%にするという基準自体は変えていないので、金融緩和を維持する“ハト派”の政策と受け止められる可能性もあった。その両方に偏らない情報発信をしながら、いいタイミングで修正できた。結果的に現在もなかなか円安は止まっていないが、過度な円安進行の食い止めには一定程度影響しているのではないか。
河野氏「長短金利操作は事実上、撤廃された」
河野 私も全体としては、この秋まではうまくやっていると思う。付け加えるなら、総裁就任前から想定されていた通り、グラジュアル(段階的)な政策修正を始めている。世界的なインフレとなり米欧の長期金利が上昇する中で、日銀が長期金利を0%近傍に抑え込もうとした結果、超円安というYCCの弊害が起きていた。そうした問題意識が植田総裁にも日銀にもあったからこそ、就任早々に動いたということだ。
ただし、10月以降の米長期金利の一段の上昇は、日銀にとって想定外だったのではないか。そこで再度、10月にYCCを修正し、長期金利の上限を「1%をメド」とした。私はこれでYCCは事実上、撤廃されたと考えている。少し気になるのは、日銀が現在でも2%の数値達成に強くこだわっていることだ。現状でも物価目標を達成したと判断することは可能だと思うが、それでも緩和を続けていることが円安を助長している。
“経済の好循環”起きず
── 今年10月の消費者物価指数は、生鮮食品・エネルギーを除く総合(コアコアCPI)で前年同月比4.0%上昇となった。物価上昇の要因をどう考えるか。
門間 短期的な変動である輸入物価の上昇と、中長期的な人手不足の進行が重なった。労働力不足の深刻化が構造的な変化であるのは間違いない。これまで賃金が上がらなかったのは、高齢者や女性が労働市場に参入してきたためだが、追加的に働ける人が枯渇しつつある。表面上は原油価格の上昇や円安などによる輸入物価の上昇がインフレの起点だが、人手不足も同時並行的に進んでいた。
河野 私も認識は同じで、新型コロナウイルス禍の間、労働人口の減少によって経済の供給能力の天井がかなり下がっていた。潜在成長率(経済の実力)がゼロ%近傍となる中、コロナ禍が明けて経済活動が戻ったとたんに、一気に人手不足が顕在化した。日銀は日本経済の需給ギャップ(総需要と供給力の差)を依然として0%割れと試算するが、私自身は前回の景気のピークである2018年の水準まで改善していると思っている。
── 23年7~9月期の国内総生産(GDP、季節調整値)は実質で前期比年率マイナス2.1%(1次速報値)と、3四半期ぶりのマイナス成長だった。個人消費は前期比マイナス0.0%と2四半期連続のマイナスだが、足元の日本経済の現状をどう評価するか。
門間 可もなく不可もなくという状態だ。河野さんが指摘するように、潜在成長率が低いので、もともと成長できるペースは緩い。需要面からみると個人消費の弱さが目立っており、コロナ禍前の水準より2%低い。その個人消費の弱さは、ほぼ物価上昇によるもの。賃金の上昇を上回る物価上昇によって、家計が大打撃を受けている。それが今の日本経済の低成長にかなり影響している。
河野 コロナ禍が終息したので、本来は個人消費にペントアップ(繰り越し)需要がもっと出ていてもおかしくなかった。企業業績はいいという指摘もあるが、円安インフレによって物価上昇分を差し引いた実質賃金が低下しており、家計から企業への所得移転が生じている。名目賃金は上昇しているので税収も伸びているが、これも家計から政府への所得の移転にすぎない。全体として“経済の好循環”は起こっていない。
門間氏「家計に“リーマン・ショック”が発生」
門間 インフレと暮らし向きの関係は、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」で非常に分かりやすい結果が出ている。過去2年ほど、家計の感じる暮らし向きが一方的に悪くなっており、その累積悪化幅は08年のリーマン・ショックの時と同じぐらい。“家計へのリーマン・ショック”が今、起きているともいえる。それほど今の物価上昇は家計に打撃だ。
3、4月に修正の可能性
── 24年の物価の見通しと2%目標達成の見込みは?
河野 24年はコアコアCPIで2.5%を予想する。私は2%のインフレが定着した可能性があると考えている。これまで労働供給を支えた女性と高齢者の労働力が限界に達し、賃金が上がる「ルイスの転換点」と呼ばれる状態を迎えた。加えて、世界的なインフレショックが訪れた。こうした状況でも、政府が拡張財政を繰り返していることが、人々のインフレ期待(将来のインフレの見通し)を押し上げる。潜在成長率そのものは低いので、低成長のまま高いインフレ率が続くリスクがある。
門間 確かに人手不足は深刻化しているが、今後、2%の物価目標を達成する可能性はせいぜい五分五分ではないか。24年のコアコアCPIは2%を若干下回ると予想する。この20~30年間、日本で物…
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週刊エコノミスト
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