教養・歴史現代資本主義の展開

マルクス主義への懐疑と批判⑧知的能力を基礎に経営者階級は再生産される 小宮隆太郎

 世襲的な財産所有の有無に基づいた階級対立よりは、知的能力を基礎とした連続性のある支配体制が形成されやすい。

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こみや・りゅうたろう 1928年京都市生まれ。52年東京大学経済学部卒業。55年東京大学経済学部助教授。64年米スタンフォード大学客員教授。69年東京大学経済学部教授。88年通商産業省通商産業研究所所長。89年青山学院大学教授。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。戦後の日本の近代経済学をけん引する一方で、後進指導に尽力し、政財官界に多くの人材を輩出した。2022年10月死去。本稿は本誌1970年11月10日号に寄せた論考の再掲である。

 現代の企業と経済を「支配」している人々は、連続的な階層を形成している。たとえば、普通の会社では社長・副社長・重役がおり、その下に部長や課長がいるわけであるが、少なくともホワイト・カラーの場合には、どこまでが資本家あるいは支配階級で、どこからが労働者階級や被支配階級か、はっきりしない。とくに日本の場合、終身雇用制と年功序列的な昇進の慣習によってこのような「連続性」が著しい。すなわち企業のトップの経営者は、ほとんどすべて、学校を卒業してから25年から30年の間、その企業のなかで社員として働いてきた人々のなかから選ばれる。

 現代の日本の企業では、多くの人々が企業の意思決定に参画して、重要な決定がなされており、企業のトップに昇進するプロセスは競争的である。企業経営上、優れた能力をもっているものが、より重要な地位に進み、意思決定上重要な役割を演じ、多くの所得を得、権力を握る。このような現代企業の構造は、企業の経営と所有の分離がもっとも進んでいる戦後の日本やアメリカにおいて、とくに顕著である。

多元的社会

 この点で、アメリカや日本と、ヨーロッパの大陸諸国とではかなりの差があり、ヨーロッパ大陸では資本家階級と労働者階級の区別が、ある程度はっきりと残っている。しかし、現代の資本主義の展開のなかに、財産所有、ことに世襲的な財産所有の有無に基づいた階級対立よりは、むしろ知的能力を基礎とした連続性のある支配体制が形成されてくる契機がある。

 マルクス主義の立場からみれば、国民の大多数が労働者階級であるはずなのに、日本では「労働者階級」を代表する社会主義政党の得票は3割ぐらいにしか達しない。これには、社会党や共産党に創造性と指導力が著しく欠如しているということもあるが、現代の日本の社会が多元的社会であって、さまざまなグループが現に存在し、またその利害が錯綜(さくそう)しており、資本家階級対労働者階級というような「二分法」が成り立たないことに基づくところが大きい。

 社会階級の分類は色彩の分類と同じようなものであって、どこまでが赤で、どこからが朱色、さらには黄色であるか、分け方はどのようにでも分けられるものであるが、現代の日本社会では、経営者および官僚、一般サラリーマン、労働者、農民、中小企業主、職人・自営業者等が、主要な階級として確認できよう。たとえば大企業に勤める人々についてさえ、学生のときには共産党に投票したが、会社に入って組合員になれば社会党に投票し、課長とか次長とか「長」の字がつくようになれば、そろそろおれも自民党に投票するか、という具合である。

 財産所有ということについても、さきに触れたように国民一般の貯蓄が増え、多少の資産を持っている階層が拡大し、ことに戦後の日本では土地所有がきわめて広く分布している。それらの資産を多少とも所有している人々は、保守的な傾向を示す。

 また、ある階級に属している人、たとえば労働者の場合でも、階級としての利害とともに、所属する企業や産業の利害との結びつきが強く、後者のほうがその人の意識や行動のうえで優越する場合も少なくない。このような点についても、複数の…

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