マルクス主義への懐疑と批判⑨「資本家階級」なるものは社会的階級として存在しない 小宮隆太郎
有料記事
資本主義体制下での経営者は、その出身において資本家階級に属する人々が少なくないとする川口弘氏への反論である。
>>連載「現代資本主義の展開」はこちら
こみや・りゅうたろう 1928年京都市生まれ。52年東京大学経済学部卒業。55年東京大学経済学部助教授。64年米スタンフォード大学客員教授。69年東京大学経済学部教授。88年通商産業省通商産業研究所所長。89年青山学院大学教授。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。戦後の日本の近代経済学をけん引する一方で、後進指導に尽力し、政財官界に多くの人材を輩出した。2022年10月死去。本稿は本誌1970年11月10日号に寄せた論考の再掲である。
現代の社会、ことに日本の社会では、経営・管理上の能力をそなえ、企業・官僚機構のなかで重要な地位を占めている人々が支配階級を形成している。そして、たんに高額の所得を得るだけでなく、プレスティッジ(威信)を獲得し、権力を握っている。
このような体制は、ソ連のような社会主義社会の支配体制と、それほど違わない。ソ連でも党の指導者、官僚、企業の管理者、技術者等が支配体制の重要な地位を占め、そういう人々が一つの社会階級を形成しつつある。世代間の階層的モビリティーも、ソ連、アメリカ、日本で、それほど違わないようである。
現代社会を支配する「パワー・エリート」あるいは支配階級は、個人財産所得とそれほど密接には結びついていない。利潤・株式配当・利子等の財産所得は、いまの会社の支配階級にとって、かつてほど大きな意味をもたなくなってきている。つまり、重役なり政府機関の役員なり、経営者・管理者としての地位に伴う給与、およびその他の直接・間接の報酬が、支配階級の人々にとって最も基本的な所得であって、財産所得や物的な世襲財産がそれほど重要なわけではない。ことに日本やアメリカ等では株式所有等も、世襲的に受け継ぐよりも「現役」の会社重役という地位を基礎として、重役として受取った給与のなかから購入したり、あるいはストック・オプション等の形で入手したものであったりする場合が多い。
資本家階級の幻想
現代社会の支配階級は、現在の社会体制が切り崩されることに対して、それを守ろうとし、保守的な立場に立つが、それは財産所得を生み出す機構を擁護していくというよりは、むしろ自分たちがキー・ポジションにあって能力を発揮し、支配力を行使し、かつ高額の所得を得ることのできる体制を維持していくためである。
「体制派」や「保守派」が、社会主義社会のなかでも形成されることは、最近のソ連における傾向やチェコスロバキアの自由化に対する「保守派」の巻き返しにみられるところである。そして体制派の権力への執着・独占欲や反体制派に対する抑圧・弾圧は、資本主義・社会主義を問わず認められる現象であり、民主主義の伝統を欠いた諸国では、とくに甚だしい。
ところで、かつて私がいま述べたのと同じ趣旨で、「現代の日本の支配階層は典型的には経営者であって資本家ではなく、社会主義社会でもほぼ同様な人々がパワー・エリートを形成するであろう」(小宮隆太郎「『独占資本』と所得再分配政策」、『世界』1961〈昭和36〉年3月号)と述べたのに対して、次のような批判が川口弘氏によってなされた。
たしかに「どんな社会でも必要な能力と技術を持った一群の人々が、パワー・エリートとしてその運営の衝に当たらねばならない」が、「資本主義体制下でのパワー・エリートは、その出身において資本家階級に属する人々が少なくないうえに、出身は異なっても結局は資本家階級に昇格するか、少なくとも昇格することを願」っている。しかも「貧困階級の子弟がパワー・エリート」となる「機会はその環境から強く制約されている……。資本家階級から独立した経営者階級などというものが成立しうるという説は、欺瞞(ぎまん)…
残り1639文字(全文3239文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める