日本の中間管理職が失敗する原因 岸本太一
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日本のミドルマネジャー(中間管理職)は経営学を座学で学んだ経験が乏しい。ミドルが引き起こす失敗の原因の一つというべきだろう。
経営学を座学で学んだことがないミドルたち
岸田文雄首相は2022年10月、衆院本会議で所信表明演説し、「リスキリング、すなわち成長分野に移動するための学び直しへの支援策の整備」と述べ、5年間で1兆円の公的支援を表明した。筆者が問題視する日本のミドルマネジャーによくある失敗を解消するには、リスキリングは有力候補に入る。
筆者は14年から10年間にわたって、東京理科大学の大学院経営学研究科技術経営専攻(MOT)で専任教員を務めてきた。社会人が働きながら平日の夜と土曜日に通うタイプのビジネススクールである。40代の学生が多いこともあり、その多くがミドルに該当する。学生たちは授業やゼミで、自身の会社や仕事に関連づけたリポートを書き、実務経験になぞらえた発言をすることが多い。それゆえ、理科大MOTの教員として授業やゼミを日々運営する中で、副次的にミドルに関する調査や研究ができるようになる。
その経験を通じて考え、導き出した仮説は「日本のミドルにおけるマネジメント面での失敗の典型は、遂行能力の不足ではなく、『視野狭窄(きょうさく)的な仕事の選択』に存在する」というものだ。
失敗の典型と深層
今まで教えた500人に近いMOTの学生から得た情報に基づいて考えると、日本のミドルの遂行能力は世界的に見ても高い水準にあるといえると思う。「やるべきことが明らかになっている状況で、それを遂行する能力が足りずに失敗する」という現象はあまり見られない。例えば、「喫緊の課題がマーケティングにあることが確定している状況で、マーケティングを遂行する能力に不足があり失敗する」といった類いの失敗話を聞くことはそれほど多くない。
一方、マネジメントの仕事に関するミドルの「視野」が狭いことで、仕事の選択に失敗した例は頻繁に観察してきた。視野とは「マネジメントの仕事には、どのような仕事が含まれうるか」という質問に対して、想定する答えの範囲の広さといった意味だ。視野狭窄的な仕事の選択が失敗につながるパターンは大きく二つに分けられる(図)。
一つ目は「やるべきことをやらない」というパターンである。例えば、喫緊の課題が「組織構造の再編」という部署があるとしよう。それにもかかわらず、営業出身の部長は自身のキャリアを通じて培ってきた得意技のマーケティングばかりに注力してしまい、組織構造の再編には着手しないというケースが、このパターンの一例だ。
二つ目は「やるべきではないことをやってしまう」というパターンが挙げられる。部長がマーケティング関連の改革をして奏功し、業績が順調な部署があるとしよう。それにもかかわらず、営業出身の後任の部長が手法を変えてしまい、マーケティングの改悪を導いてしまうというケースがこのパターンに該当する。
今まで教えた学生からこの種の失敗話を山ほど聞いた。なぜなのか。その原因の一つは、経営学を座学で学んだ経験が不足しているミドルが多いことにあると考えている。
現在、筆者は理科大MOTで「経営理論概要」という科目を担当している。この講義に限らず、経営学の入門的科目ではマネジメントに該当する仕事に関する基礎理論を網羅的に取り扱う。
基礎理論とは、かみ砕いていえば、各仕事…
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週刊エコノミスト
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