国際・政治エコノミストリポート

国安法下の香港で独立書店が“言論・文化空間”として存在感 瀨﨑真知子

独立書店の役割を語る「界限書店」のアンバーさん 筆者撮影
独立書店の役割を語る「界限書店」のアンバーさん 筆者撮影

 中国の習近平体制下で統制が強まる香港。市民はタブーと、残された自由との間で試行錯誤している。その象徴の一つが「独立書店」だ。最新事情を探った。

匿名苦情を根拠に警告を重ねる香港政府

 2020年6月の香港国家安全維持法(国安法)施行以降、萎縮ムードが漂う香港の言論・出版界。公共図書館で民主活動家らの著書の撤去が進み、大手書店も当局の対応に足並みをそろえる中、個人経営の独立書店が個性を発揮し、言論・文化空間として存在感を維持している。

 国安法施行後、香港では強まる「愛国教育」を警戒して海外へ移住する人が増えた。しかし大部分は香港にとどまり、一見沈黙を保ちながら日々を過ごしている。こうした人たちの受け皿の一つとなっているのが独立書店だ。地元メディアによると、独立書店は19年の大規模デモを経た20年以降に40店以上増え、現在は古書店を含めて、少なくとも90店あるという。当局の監視が強まる中、自己表現の発露や居場所を求める市民の機運が高まったことが背景にある。

「空間」提供で生き残り

「読みたい本を読める空間を与え、大型書店にはない選択肢を提供することだ」。九龍地区の繁華街、旺角(モンコック)にある「界限書店」の店主、アンバーさん(24)は独立書店の意義を話す。店は22年1月に設立され、アンバーさんら2人が23年に引き継いだ。

 店名は、北京条約(1860年)で九龍半島の先端が清朝から英国へ割譲される際に境界となった道路「界限街」に由来する。「既存の枠組みを打ち破ってほしい」(アンバーさん)という願いも込めた。香港の歴史や文化のほか、日本文学なども扱う。

 九龍・太子(プリンスエドワード)の一角にある「留下書舍」は22年5月、国安法施行により廃刊や業務停止に追い込まれた日刊紙『蘋果(ひんか)日報』、ネットメディア『立場新聞』『衆新聞』の元記者5人で設立。ジャーナリズム関連の書籍を中心に販売し、講座開催などでは社会性や公共性のある内容に重点を置く。

「留下」は中国語で「残す」という意味。店名について、元記者で創業者の一人、劉偉程さん(35)は「一つは香港にいる人たちに話ができる空間を残すこと。もう一つは記録を残すこと」と話し、二つの願いを込めた。カウンターテーブルには誰でも自由に思いをつづれるノートを置いた。

 独立書店は20代を含む比較的若い世代の店主が多い。ほとんどが賃料が安めのエレベーターのない雑居ビルの2階以上に入居し、「二楼(楼上)書店」とも呼ばれる。香港島や九龍の旺角、深水埗一帯だけでなく、郊外や離島にまで点在し、ネット交流サービス(SNS)を活用して書評会や読書会、講座の開催のほか、自社出版やオリジナルグッズの販売などにも注力する。一部のグッズは社会運動の継続を想起させ、人気もある。

 旺角にある「序言書室」は07年、大学哲学部卒の同級生3人で開設され、独立書店では老舗の部類に入る。人文社会系の中文・英文書籍の棚づくりが強みで、当初から硬派な内容の講座や討論会を積極的に開いてきた。窓際にテーブルや椅子を置き、客が長居できるスペースを設けている。店の壁に貼られた付箋を見ると、来客の率直な思いがつづられている。「文化的学術的コミュニティーを構築し、より多くの活動のベースとなるよう願っている」。創業者の一人、李達寧さん(42)はこう語る。

「大手」は当局に追随

 国安法施行以降、公共図書館では、「国家安全の利益に反する」とされる書籍が次々と撤去された。香港政府は撤去の審査基準やリストを公表しておらず、事実上の「禁書」扱いとみられる。23年5月には、著名な政治風刺漫画家の尊子(黃紀鈞)氏の著書や天安門事件(89年)関連の書籍が一掃され、同10月には台湾絵本作家の香港旅行本が排除された。一方、「三中商」と呼ばれる中国系大手書店チェーン3社(中華書局、商務印書館、三聯書店)は公共図書館の対応に追随した。

 香港の李家超行政長官は23年5月の記者会見で、政治的ではない書籍にまで撤去が進んでいるのではないかとの問いに「公共図書館での貸し出しには適さないが、民間の書店では買える」との見解を示した。これが引き金となり、一部の独立書店では撤去対象となった書籍を求める動きが高まった。

 公共図書館のウェブサイトには現在、国家安全に危害を与える恐れがあるとされる書籍の通報ページが設けられている。どのような書籍が「危害」を与えるのか。リストの開示の有無を筆者が当局に問い合わせたところ「不健全な意識(暴力行為の喧伝(けんでん)など)や香港の法律違反の可能性がある場合に撤去する」と、従来通りの見解が返ってきた。

「今も香港に『禁書』はない。売るのは問題ない。ただし『羊村』の絵本以外だ」。香港の書店事情に詳しい鄭明仁さん(69)はこう話す。複数の香港メディアに勤め、退職前は蘋果日報…

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