FX投資家は「先走る市場」に警戒を 1ドル=135円挟む展開か 田嶋智太郎
日銀、FRBはいつ動く──。ドル・円相場で戦うFX投資家にとっては、中央銀行の一挙手一投足にざわつく一年になりそうだ。
2024年のドル・円為替相場は急激に円安が進んだ22、23年とは様変わりし、基本的には円高の一年になるだろう。とはいっても、市場は材料などを先走りしすぎたり、早く織り込みすぎたりする習性が強く、一喜一憂してはいけない。円高になるといっても、一足飛びに進むわけではない。
緩慢な円高
現時点では日銀の政策変更が急激に進む見通しは少なく、「緩慢な円高が進む」というのが筆者の見立てだ。一時的には一気に円高、円安方向が進む場合もあるだろうが、賢明なFX(外国為替証拠金取引)投資家は、こうした思惑的な動きに振り回されるのではなく、「緩慢な円高」という基本路線に徹して相場に臨んでほしい。
FXではユーロ・ドル、ポンド・ドルなどさまざまな通貨ペアが想定されるが、注目度が高い通貨ペアは、やはりドル・円だ。欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行(BOE)の利下げの動きは一般的にわかりにくい。24年は米国の場合は利下げ方向、日本の場合は07年以来、17年ぶりの利上げに踏み切るタイミングとみられる。金融政策的には正反対のベクトルで、チャンスが多い。
23年のドル・円為替相場のチャートによると、上げ幅からの修正の目安(チャートポイント)が1ドル=133、136、140円あたりにあることを考えれば、24年は133~136円前後を目指して緩やかな円高が進むのではないか。市場の過熱で円高が進みすぎることもあるだろうが、修正の目安のほぼ中間にあり、「節目」として意識されやすい「135円」が基軸になるとみている。
当面の注目ポイントは、やはり米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げ開始のタイミングとその後の利下げ頻度、そして日銀によるマイナス金利解除のタイミングとその後の政策動向だ。
FRBの利下げ開始時期について、これまで市場は「3月」を有力視してきたようであるが、エコノミストの中には「3月開始は非現実的」と見る向きも少なくない。金融政策の方針を議論する米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーの中でも、インフレ抑制の手綱をそう簡単に緩めるべきではないと主張する向きが大勢を占めており、先日も米アトランタ連銀のボスティック総裁が「引き締め姿勢は崩していない。年末までに2回の利下げを見込む」とタカ派寄りのコメントを発していた。他のFRB高官らも同様の発言を繰り返しており、なおも市場の観測や期待と当局者らの見解との間には隔たりが目立つ。
今後、双方の間の隔たりは修正されていくだろうが、いまだ市場には「米利下げは年内に5~6回」との見方があることも事実だ。市場関係者の中には「仮にそれほど頻繁な利下げが必要となれば、そもそも米国経済自体が深刻な事態に陥る」と指摘する向きもあり、それはもっともな見方だ。
つまり、目下の市場の見方ほど米利下げの頻度は高くないものと考えられ、ドルが極端な売り圧力に押される可能性もそう高くはないのではないか。ただ、年内に少なくとも2~3回程度の利下げが行われる公算は大きく、それは一定のドル売り材料として市場に受け止められる可能性も十分にあると認識しておきたい。
2月はざわつく?
一方、日銀は賃金と物価の好循環に自信が持てる状況となれば、まずはマイナス金利の解除に踏み切るとの姿勢を示しており、ひとまずは大企業の春闘の行方を見守る構えだ。24年の年明けから大企業の経営トップらが賃上げに前向きなメッセージを発しており、「賃上げの方向性が見えてくる直後の、4月(25、26日)の金融政策決定会合でマイナス金利解除に動く」との見方が強まっている。
3月に出てくる労使交渉の第1次集計を確認し、中小企業の賃上げ状況などの情報を補完するといった行程を踏めば、4月下旬の政策会合までには一定の判断材料がそろうとの見立てだ。4月の会合では、日銀が年4回行っている「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」の公表もあり、政策変更の根拠が示しやすいこともある。
3月18、19日にも日銀の会合は予定されており、2月下旬あたりから市場がソワソワし始める可能性もあるだろう。2月中旬までには3月本決算企業の第3四半期決算の発表も一巡し、株式市場でも日銀の政策の行方に対する関心が高まりやすい。2月下旬あたりからFRBと日銀の政策の方向性に対する市場の関心と警戒が一段と高まり、一旦はドル売り・円買いの動きが強まりやすくなる。
ただ、市場には「常に行きすぎる」習性があり、いよいよ日銀がマイナス金利解除に踏み切る段階になれば、一時的にドル安・円高方向へ大きく進む可能性も否定できない。とはいえ、あくまで一時的なものと割り切ったうえで、ドル・円については135円あたりを意識しておく必要があろう。
遠い「金利ある世界」
仮にドル安・円高が一時的に進んだとしても、それが必ずしも趨勢(すうせい)的なものになるとは限らない。日銀がマイナス金利を解除しても、おそらくその後は「ゼロ金利」の状態がしばらく続き、さらに一歩進んで「金利がある世界」に踏み込んだとしても、景気抑制が必要なほどの大幅な利上げに日銀が踏み切る可能性は薄いだろう。
諸外国通貨との金利差がすぐに解消されるわけではなく、こうした日銀の「緩やかな政策変更」を市場が織り込んでいくにつれ、過度に強まった円買いの動きを、円売り方向に巻き戻す流れが起こる可能性も十分ある。
ただ、何度も繰り返すが、「市場は行きすぎる」ことを常に頭に置いておくべきだ。それは市場参加者らの観測や期待が過度に先走りしすぎることから生まれる。それが乱高下を伴う高ボラティリティー(変動率)の元凶となる。
例えば、米国のインフレ鈍化が着実に進んでいると考えられる中、注目の米インフレ指標が強めの結果を示した結果、一旦ドルが強く買われるような場面がある。こうした市場の流れに安易に乗り、投資家が「ドル高」にベットすることは失敗して手元の資金を溶かしてしまうリスクが高い。インフレの沈静化が進む中にあっては、ドル高に先走った市場の過剰反応はすぐに修正されることが多いためだ。ここはむしろ、下落基調の相場が一時的に戻る(上がる)のを待って「売り」を入れる「戻り売り」の好機と考える方が有利になる場合が多い。
いずれにしても、目の前で起こっている乱高下の相場に安易に突っ込まず、冷静になるべきだ。市場で起こった原因を自分の頭で考え、問題意識を持って分析することが一層、問われる年になる。
(田嶋智太郎〈たじま・ともたろう〉経済アナリスト)
週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載
円高の幻想 FX投資家 「先走る市場」に警戒を 1ドル=135円挟む展開か=田嶋智太郎