経済・企業 中国車の欧州戦略
中国産EVを締め出す欧州で急速に進む現地生産 湯進
欧州の中国製EV締め出し政策に対し、中国メーカーは車体、電池、部品の現地生産を急速に進めている。
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2023年10月19日、中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」の10周年会議で訪中したハンガリー・オルバン首相が中国の電気自動車(EV)大手BYDを訪問し、創業者の王伝福会長にハンガリーへの投資を呼び込む姿勢を示した。その2カ月後の12月22日、BYDはハンガリー南部のセゲドに同社初の欧州乗用車工場を建設すると発表、30年に欧州新車市場で10%のシェアを目指すとした。
独ミュンヘンに欧州本部を設置した長城汽車は、ハンガリーやチェコなど東欧で工場建設を検討し、中国の自動車輸出台数で上位を争う上海汽車と奇瑞汽車も英国で工場の建設を計画している。中国勢が日本車の牙城といわれる東南アジア市場に攻勢をかけていることが印象的だったが、水面下で進む欧州市場での戦いもいよいよ本格的に始まる。
EU輸出が3分の1
中国勢の欧州生産が後押しされた背景には欧州連合(EU)が中国が先行する電動化シフトを警戒し、補助金や環境問題で中国からの輸入車を「排除」する動きが広がっていることがある。
中国の自動車輸出台数は23年に522万台となり、日本を抜いて世界1位となった。なかでも、自動車輸出を押し上げているEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の輸出台数は177万台となった。いままではアジア市場が中国車の主要輸出先となっていたが、23年には、欧州向け輸出台数が全体の38%となっており、初めてアジア向け(34%)を超えた。そのうち、EVが欧州向け輸出全体の3分の1を占めている。
競争の激しい中国市場より欧州市場向けEVの利益率が高いため、地場自動車メーカーはEV輸出に取り組んでいる。中国自動車最大手の上海汽車は23年の輸出台数(輸出が前年比21%増の109.9万台)のうち欧州でのEV販売台数は20万台を超え、米テスラに次ぐ第2位になる見通しだ。欧州における同社のグローバル戦略EV、「MG4」の標準グレード(航続距離425キロメートル)の販売価格3万2000ユーロで、中国国内価格の倍となる。
またBYDは22年に欧州で高級セダン「漢」、SUV(スポーツタイプ多目的車)「唐」および「ATTO3」を販売開始し、23年には小型車「ドルフィン」と高級セダン「シール」のEV2車種を新たに投入した。特にシールは、BYDの最新技術「プラットフォーム3.0」をベースとする中高級EVで、ボディーと電池を一体化するセル・ツー・ボディー技術を採用し、高い構造強度を実現した一方、スマート・トルク制御(iTAC)による高い走行安定性や5人乗り用の大きな荷室を備えるなど、テスラ「モデル3」の競合モデルとなる。
中国産を関税で締め出し
現在、欧州メーカー製EVの中心価格帯は約4万ユーロとなっており、低価格EVを生産していない状況だ。中国製EVは現地の地図情報に対応するカーナビや多言語対応の自動音声認識機能も備えている。EVモデルがまだ少ない欧州メーカーの間隙(かんげき)を突く戦略が奏功している。すなわち、欧州メーカーのEVがコストと技術で競争力を高められなければ、中国メーカーに押される構図は継続する可能性がある。
23年9月、欧州委員会のフォンデアライエン委員長が「中国製EVの価格は国家補助金によって低く抑えられ、EUの自動車市場をゆがめている」と述べ、EUは10月に中国製EVの補助金に対する調査に乗り出した。中国企業に限らず、テスラ、仏ルノー、独BMWなどの欧米自動車メーカーは中国で生産したEVを欧州で販売しており、ホンダや日産自動車もEVの輸出を行っている。今後は中国製EVに関税が課される可能性もあり、中国に工場を構える全ての自動車メーカーに影響が出る可能性がある。
こうした背景があるため、中国企業は欧州で工場を建設し、コストパフォーマンス(費用対効果)の高いEVで競争力を維持しようとしている。スイスの投資銀行UBSの自動車調査部門は、BYDのシールを分解してテスラなど欧米他社のEVとコストを比較した。組み立て人件費では、高度なファクトリーオートメーションを使用しているテスラよりやや高いものの、全体の製造コストではテスラに比べ15%低い(約3400ドル安い)。仮にBYDが欧州でシールを生産する場合、そのコストは中国生産より約1割高くなるものの、欧州現地メーカーが生産する同クラスのEVよりも約25%安くなるとUBSは指摘した。今後、中国勢が欧州でEVの現地生産を行う一方、値下げして市場シェアを獲得すると予測される。
車載電池・材料でも規制
EUはまた、EVの基幹部品である電池についても厳しい規制を打ち出した。23年8月、電池製品の原材料調達から設計・生産プロセス、再利用、リサイクルに至るライフサイクル全体を規定する「欧州電池規則」が施行された。同規則は、使用済み電池の回収率、原材料の再資源化率など目標が設定され、回収した原材料を一定の割合で再利用することも義務付けられる。中でも、製造・廃棄時の温室効果ガス排出量(カーボンフットプリント)関連要件、デューデリジェンス(責任ある材料調達)要件、電池パスポート要件など、注目が集まっている。
26年1月から、「炭素国境調整措置」でEUに輸入される対象製品の生産過程で出た二酸化炭素(CO₂)の量を申告させ、排出量相当の課徴金負担が規定される。またEVに搭載する電池の性能、材料の産出国やリサイクル率、生産履歴、CO₂排出量など、サプライチェーン全体の情報をデジタルで記録する「電池パスポート」導入がEUで義務化される予定だ。電池パスポートを通じてライフサイクルでバリューチェーン情報が全て記録されるプラットフォームを構築する。
海外展開を図る中国電池メーカーも温室効果ガス排出を評価するLCA(ライフサイクルアセスメント)やデータ追跡機能を備える体制の構築を迫られる。これまで中国企業が海外に所有するコバルト鉱山では、労働条件や環境…
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週刊エコノミスト
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