教養・歴史現代資本主義の展開

マルクス主義への懐疑と批判⑬さまざまな価値、理想、希望が人々を政治的に動かしてゆく 小宮隆太郎

 政治的行動を経済的な要因のみから説明しようとするのは誤りであると、筆者は主張する。

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こみや・りゅうたろう 1928年京都市生まれ。52年東京大学経済学部卒業。55年東京大学経済学部助教授。64年米スタンフォード大学客員教授。69年東京大学経済学部教授。88年通商産業省通商産業研究所所長。89年青山学院大学教授。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。戦後の日本の近代経済学をけん引する一方で、後進指導に尽力し、政財官界に多くの人材を輩出した。2022年10月死去。本稿は本誌1970年11月10日号に寄せた論考の再掲である。

 民主主義のもとでの政治は、さまざまな利害関係・既成観念・錯覚などの上に成り立っており、かんたんには新しい展開がみられない。そういう意味で民主主義は保守的で、安定性をそなえている。ただし、安定性といっても必ずしも構成員の満足や良識を基礎とした安定性というよりは、「現状維持的傾向」という性格のものである。

 現代社会が「多元的な政治社会」というと、マルクス主義の立場に立つ人は、一応認めるが、「それでも資本主義社会の基本的な対立関係は、資本家対労働者の対立でないか」という。しかし、それは90いくつかの元素があると知らされたギリシャ哲学者が、「基本的なものは、地・水・火・風の『四大』ではないか」といっているのと同じようなものである。そういういい方自体が哲学的かもしれないが、科学的・実証的ではない。

 政治的行動を経済的な要因のみから説明するのは誤りである。現代の政治を動かしていくさまざまな力として、政治的な利害に基づくものが重要な役割を演じているが、同時にさまざまな価値、理想、名誉、希望、固定観念、錯覚、幻想が、人々を政治的に動かしてゆく。

夫婦間の力関係

 政治問題の科学的分析のためには、たとえば、もっとも単純なケースとして夫婦の間の力関係がどのような要素から成り立っているかを、考えてみるべきである。ある夫婦の場合には、「かかあ天下」で、妻の方がたいていの決定権を握っている。逆に、ある家では夫が独裁的で一切をとりしきり、しかも夫婦双方満足している場合もある。

 なぜ、そういうように一方が他方に対して影響力を行使し、意思決定上優位にあるのかを考えてみる必要がある。経済的な要素も重要である。亭主は金を稼いでくるから強い、という要素がある。現代の政治にもそういう面があって、自民党は財界からの経済力を握っているから選挙のときに強い。

 しかし、経済力だけで政治力の配分が決まるわけではない。夫婦の間でも、一般的な教養、判断力、愛情と信頼、過去の経験などによって、意思決定にあたっての分担、力の配分、均衡が決まる。夫がたびたびヘマなことをやれば、奥さんに頭が上がらなくなるし、夫の判断力に対して、妻のほうの判断力が劣っていれば、重要な決定には夫があたることになる。さまざまな要素と過去の経験から、一方が他方に力を及ぼすという関係が成り立つ。

 つぎに、ある町やある業界、小学校のPTA、大学の教授会の「政治」、つまり比較的小グループで、利害の共通や対立時の、意思決定プロセスを考えると、夫婦の場合にくらべれば、政治力の構成要素が複雑である。

 第一に構成単位の数が多く、何らかの意思決定をするときに、夫婦のように構成単位が1対1ではなく、政治的影響力を発揮するには、何人かのグループとして行動することになる。そこで、①ひとつの社会のなかに、どのような政治的グループが構成され、どのようにメンバーを獲得しまた離合集散するか、という問題と、②グループの内部構造という問題が起こる。

 大きな社会のなかの政治は個人の力では動かすことはできない。必ずフォーマル、インフォーマルな組織ができて、個人はそれらをつうじて政治力を発揮する。そういう組織のそれ…

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