マルクス主義への懐疑と批判⑭グループ間の利害で考える経済政策の政治学 小宮隆太郎
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経済問題は社会を構成するさまざまなグループ間の利害の一致と対立があり、政治力によって政策決定がなされる。
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こみや・りゅうたろう 1928年京都市生まれ。52年東京大学経済学部卒業。55年東京大学経済学部助教授。64年米スタンフォード大学客員教授。69年東京大学経済学部教授。88年通商産業省通商産業研究所所長。89年青山学院大学教授。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。戦後の日本の近代経済学をけん引する一方で、後進指導に尽力し、政財官界に多くの人材を輩出した。2022年10月死去。本稿は本誌1970年11月10日号に寄せた論考の再掲である。
財政・金融政策・産業政策をはじめ、政府の経済政策は、「資本」や「独占資本」が労働者階級を搾取し、資本の論理の貫徹を隠蔽(いんぺい)するための手段にすぎない、という主張は誤りである。同様に人道主義的、理想主義的な天使のごとき第三者の政府が国民のために行なう善政が、現代の経済政策という観念も非現実的だ。
経済問題と利害
社会はそのときどきに、さまざまな経済問題に直面する。これに対処するために、政治的過程を経て国の政策として行なわれるのが経済政策であるが、経済政策の政治的背景を理解するためには、まず最初に、経済政策をめぐる「利害」という側面に注目しなければならない。
経済問題には、ほとんどの場合、その社会を構成しているグループ間の利害の一致という面と、利害対立の面がある。つまり経済問題は、ゲーム理論の用語を使えば、ノンゼロ・サム・n人ゲーム(ゲームに多数の人が参加し、しかも結果の合計が一定でないゲームのこと。たいていのスポーツやゲームは、一方が勝てば他方は敗れるゼロ・サムのゲーム)である。経済政策の決定にいたるプロセスにおいて、各種の政治的グループは自らにとって有利であると考える政策を支持し、不利であると考える政策に反対する。
①一般的には、その国において大きな政治力をもっているグループの「利害」が、経済政策を動かしてゆく。ただし、②個々の問題については、それぞれの問題ごとに大きな政治力を行使しうるグループがいくつかあり、それらのグループの利害が、その問題にかんする政策決定に強く反映される。①と②のために、③政治的に有力なグループの利益に反する政策は、たとえ国民の多数にとって望ましいものでも、実施されないことがしばしばある。
まず①の点では、戦後の日本では、一般的にいえば、企業経営者・官僚およびに彼らと連続的なグループを形成している大企業の従業員がもっとも大きな政治的影響力をもち、大企業と政府・与党の結びつきが強い。戦後の産業政策・税制・金融政策・独禁政策等の展開のなかには、産業、ことに大企業の利害に立脚した政策措置が少なくなかった。ごく最近までの戦後日本の経済政策は、全体としての産業優先・大企業優先の基調で進められてきたといっても、それほど過言ではない。この点、アメリカやヨーロッパ諸国よりは、日本は「国家独占資本主義」の簡単な図式があてはまる国であるといえる。
しかし、大企業グループだけが政治権力を独占してきたわけではない。たとえば戦後の税制の変遷をみると、各種の不合理な租税特別措置のように、大企業の利益に基づいて導入されたものもあるが、所得税減税のように、これによって利益をうける都市の中産サラリーマン階層の強大な政治力を反映する面もある。また「資本家階級」が政治を支配しているのであれば、限界税率が90%(地方税含む)にも達するような累進所得税や相続税のように、「資本」にとって明らかに不利な税制をなぜ撤廃しないのか。
つぎに②に移って、ある特定の分野にかんする経済政策は、それによって直接大きな利害上の影響を受けるグループの政治力に左右されやすい。これはあるグループの利害の…
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週刊エコノミスト
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