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教養・歴史 現代資本主義の展開

マルクス主義への懐疑と批判⑮公害の責任の多くは国民全体にある 小宮隆太郎

 1970年代の深刻な社会問題の一つで、多くの人々に議論されている公害問題について、当時の筆者の意見である。

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こみや・りゅうたろう 1928年京都市生まれ。52年東京大学経済学部卒業。55年東京大学経済学部助教授。64年米スタンフォード大学客員教授。69年東京大学経済学部教授。88年通商産業省通商産業研究所所長。89年青山学院大学教授。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。戦後の日本の近代経済学をけん引する一方で、後進指導に尽力し、政財官界に多くの人材を輩出した。2022年10月死去。本稿は本誌1970年11月10日号に寄せた論考の再掲である。

 公害が独占資本の支配体制や資本主義的な価格機構のもとでは必然的であるという議論が見受けられる。

 だが、資本主義国のなかでも大気汚染・水汚染・騒音・自然と都市の環境破壊等の「公害」を、比較的よくコントロールしている国もあれば、そうでない国もある。私には公害は経済学的には原理的に単純な問題で、経済問題としては解決の比較的容易な問題であるように思われる。

人口の密集と急速な成長

 日本は、今日世界中で公害の被害状況の最悪な国だが、それにはいくつかの要因がある。

(1)人口と経済活動が極めて狭い面積に集中していること、(2)経済成長、ことに重化学工業の発展が、多くの人の予想を越えて急速だったこと、そうして今日の甚だしい公害の状況に対して予(あらかじ)め計画的に対処する政策が欠けていたこと──が挙げられる。このような「無知」が今日の深刻な事態を招くこととなった。

 加えて(3)日本人が一般的傾向として昔から騒音・悪臭・不衛生・環境破壊等に対して無関心であることが指摘される。日本人は長らく肥溜(こえだめ)と一緒に暮らしてきたし、鉄道運賃の値上げには反対するが、国鉄が汚物をまき散らしていることには、さして反対しない。

 また(4)日本人の公徳心の水準が一部のヨーロッパ諸国と比べて低いこと、自分の身近な人以外には、ヒューマニズムの精神が希薄であること、他人の公徳心の欠如に対して寛容であること、もともと不衛生・騒音・悪臭・環境破壊等に関してパブリック・コントロールが不得意であることが、指摘される。

公害規制よりも所得

 企業の公害に対して、政府や地方自治体が断固たる処置をとらないことが人々によって批判されるだけだ。日本人のそのような「寛容さ」は、必ずしも企業に対してだけではないように思われる。建築基準法に違反した住宅が建てられても、それによって迷惑を蒙(こうむ)る隣人が強硬に抗議することも比較的稀(まれ)であるし、違反を規制する立場にある当局も、ごく稀にしか断固たる処置を取らない。建築基準法がいわゆるザル法であって、国民が全体として住宅環境の維持のために一定のルールを守るという態勢になっていないのである。このような国民一般の公徳心の低さ、公共規制に対する消極的な態度ないし傾向が、日本の公害問題を理解し、解決する上で重視されるべきだ。

 また(5)経済全体として資源の量、技術の水準等を一定とすれば、公害のより少ない環境を維持することと、私的消費のための財貨サービスをより多く消費することは、二者択一の関係にある。日本における公害が野放しに近い状態に放置され、大気汚染・水汚染等が甚だしい状態に陥っているのは、これまでの日本人が清潔な空気や水、静寂、自然、緑地等々よりも、より多くの個人所得、自動車、テレビ等の物的消費を強く選好してきたことに基づく。労働組合も年々の春闘で、賃上げ要求ばかりに重点をおき、公害規制の強化を強く要求したことはなかった。労働組合のなかには企業側と癒着して、公害の被害者に対してきわめて冷酷であったものさえある。

(6)戦後の日本では、大企業の政治力が強く、企業側に公害の厳重な規制は企業…

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