イラク戦後の「新資本主義パラダイム」を探る 加藤寛(2003年6月3日)
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週刊エコノミストは2003年に創刊80周年を迎えた時にも、著名な経済学者に記念論文の執筆をお願いした。以下はその際の加藤寛・慶應義塾大学名誉教授の論文の再掲載です。
千葉商科大学学長・慶應義塾大学名誉教授 加藤 寛
創刊80周年 21世紀経済
イラク戦争に勝利したアメリカ。しかし、アメリカが世界に押し付ける民主主義、資本主義には限界がある。新資本主義へのパラダイム転換は必須である。ブキャナン、タロック、ケインズらの理論を踏まえながらその姿を探るとともに、デフレ脱却にばかり目を奪われる日本に、いま本当に必要な経済理念を提示する。
アメリカが押し付ける民主主義の限界
ブッシュ米大統領のイラク戦争終結宣言を踏まえても、なお世界には大きな疑惑が残った。それは、アメリカの「公正(フェアネス)」とは何であったかという一言に尽きる。大多数のアメリカ国民にとっては「公正と自由」は、第2次大戦以来持ち続けてきたアメリカの理念の快い響きであり、それはアメリカ資本主義経済の発展と表裏一体となっていた。
確かに、古代中国の兵法書、司馬法に言う「武器をもって武器を抑制することができれば、その武器の行使は是なり」という論理もあるが、それは抑制するべき武器が実在すればの話であって、もし該当するものがなければそれは飛び立つ鳥に兵を乱したと笑われるだけである。
だからこそ、アメリカ政府首脳部はその証拠探しに躍起となった。その当否はいずれ歴史が解き明かしてくれるであろうが、このアメリカの行動の中に、すでにアメリカ民主主義・資本主義の「公正と自由」が変貌を示していることに留意すべきであろう。再び司馬法にいわく「いかに大なる国といえども戦を好むものは必ず亡ぶ」。
かねて財政学者J・M・ブキャナン教授と政治学者G・タロック教授は、資本主義即民主主義と思い込んできた多くの学説に異を唱え、その欠陥とメカニズムに鋭い分析のメスをあててきた。一国の政府の財政が独裁国家でもない民主主義国家において、戦時以外にもなぜ増大し続けるのであろうか。
本来、民主主義は、各人の価値評価を尊重することを前提とした集合体において、自由な投票に基づいて合意を形成しうると大雑把に考えられていた政治制度である。
ところが、この集合体においては、いくつかの制限を置かない限り、社会的合意は成立しないことを明らかにしたのが、K・J・アローの社会的合…
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週刊エコノミスト
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