FRBの利下げと日銀の正常化で株高もたらした投資環境は変化 南武志
日米の金融政策の今後の展開は、投資環境に大きく影響しそうだ。日銀は3、4月に正常化へ、FRBは6月にも利下げする可能性がある。
2021~22年の世界的なインフレは、欧米の主要中央銀行が金融引き締め政策を本格化したことで、23年に入ってから沈静化に向かった。しかし、予想物価上昇率が高止まりしていることもあり、「最後の1マイル」に差し掛かってインフレ率は下げ渋るなど、中銀が目標と設定する「2%程度」にインフレを収束させることに苦心している。
23年半ば以降、米連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利を「5.25~5.50%」に誘導しているが、いつ利下げを開始するのかが注目を集めてきた。FRBの利上げペースと同様、利下げ開始時期に関しても、連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーと市場参加者の間に相違がみられ、それがマーケットを動かしてきた。
多くのFOMCメンバーは、期待インフレ率や賃金上昇率がまだ十分高く、利下げを急ぐべきでないとしている。一方、市場参加者は、足元は堅調な米国経済も、現在の高金利状態が長引けば、失速もしくは景気後退に陥ると懸念している。米国経済のソフトランディング(軟着陸)期待は根強いが、それは適切な時期に適切なペースで利下げしていくことを前提としたものであろう。
足元の米国経済・物価を確認すると、労働市場の逼迫(ひっぱく)度は徐々に緩和してきたほか、消費や企業設備投資に鈍化の兆しが出るなど、金融引き締めの効果は表れつつある。FRBが参照するPCE(個人消費支出)デフレーターの前年同月比はまだ3%前後だが、3カ月前比年率はすでに2%前後で推移している。
マイナス金利は解除へ
24年半ばにはインフレの鈍化が明確化するとみられ、6月のFOMCで利下げに転じる可能性があるだろう。その後も、物価の安定と経済のソフトランディングの両立を目指し、年4~6回(1.0~1.5%)のペースで利下げしていくと予想する。
世界的なインフレは日本にも波及し、23年1月には全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)の前年同月比は4.2%と41年ぶりの高い伸びとなった。その後、政府の物価高対策や1次産品価格の下落により、コアCPIは3%台へと鈍化したが、物価安定目標である「2%」を上回り続けた。そうした状況でも、日銀は長期金利誘導目標の柔軟化を除けば、大規模緩和(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)の枠組みをかたくなに維持し続けた。
その背景には、この数年の物価変動は主に輸入インフレとその収束によるもので、国内要因で起きたわけではないという点がある。欧米で見られたペントアップ(繰り越し)需要は不発で、むしろ民間消費などは物価高による買い控えで低調に推移してきた。
一方、最近では好業績や労働力不足などを背景に、「賃上げの機運」が高まっており、24年春闘が注目を集めている。日銀もまた、基調的な物価上昇率が2%目標に向けて徐々に高まっていく確度は少しずつ高まっているとの認識を示している。マイナス金利を解除しても、極めて緩和的な金融環境が当面続くと解除後の政策運営に言及するなど、近い将来の政策正常化について地ならしをしている。実際、3、4月のいずれかの日銀金融政策決定会合では、マイナス金利政策の解除や長短金利操作(YCC)の撤廃などが決定される可能性は高い。ただし、長期金利が急騰し、経済・物価に悪影響を与えぬよう、大量の国債買い入れは継続されるだろう。
とはいえ、先行きの物価は2%を割り込む可能性が濃厚だ。日銀の展望リポート(1月)によれば、24年度の物価見通し(コアCPI)は前年度比2.4%だが、25年度は同1.8%と、2%割れを予想している。もちろん、日銀では2%割れが常態化するとは見ておらず、25年度後半にかけて2%に向けて徐々に高まっていくとしている。次回4月の展望リポートでは26年度の「2%」達成が示されるだろう。おそらく、こうした見通しを政策正常化に踏み切る根拠として挙げると思われる。
一方、民間エコノミストの見方は厳しい。「ESPフォーキャスト調査(24年2月)」によれば、24年度下期にコアCPIは2%を割り込んだ後、25年度にかけて物価が「2%」に向けて高まる姿を予想していない。24年春闘賃上げ率の予想も3.88%と、23年実績(3.60%)を上回るものの、2%の物価定着には物足りない数字である。それゆえ、正常化開始後の政策運営については、先行きの物価低迷が待ち受けるなか、次回利上げは困難であり、しばらくゼロ金利政策が続くと予想している。
足元の景気は弱含み
日経平均株価が2月、34年ぶりに史上最高値を更新するなど、株式市場は活況を呈している。実態としては金融引き締めである金融政策の正常化に関しても、日本経済がデフレから脱却した証拠として好意的に受け取られる傾向がある。仮にマイナス金利が解除されても、実質金利(名目金利−予想物価上昇率)のマイナスは継続するとみられ、直接的な経済への影響度は大きくなさそうだ。
しかし、景気の実態に目を向ければ、経済成長率は23年10~12月期まで2四半期連続のマイナス成長であり、鉱工業生産指数や第3次産業活動指数も足踏みしている。足元の株高は円安や価格転嫁の進展などの「価格要因」で収益が膨んだ面も否定できない。日銀の政策正常化は株高要因を剥落させるリスクもある。また、先行きとしては、高過ぎる米国の成長率鈍化は避けられないほか、日米金利差の縮小で想定される円高への反転は景気、物価、賃金への下押し圧力を発生させかねない。今後の日米の金融政策の展開は、これまでの投資環境を変化させる要素が少なくない。
(南武志〈みなみ・たけし〉農林中金総合研究所理事研究員)
週刊エコノミスト2024年3月19・26日合併号掲載
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