法務・税務

法務省の「通達」で相続登記漏れの罰則は“抜けない宝刀”になったのか 荒井達也

相続登記義務化はどこまで実効性があるか…… midori_chan/PIXTA
相続登記義務化はどこまで実効性があるか…… midori_chan/PIXTA

 3年以内に相続登記をしなければ、10万円以下の過料が科されることになったが、実はまったく相続登記を申請しない人の摘発は難しい。

>>特集「相続登記義務化の大変」はこちら

 今年4月から相続登記が義務化された。今後、相続人は、不動産の相続を知ってから3年以内に相続登記を行う義務を負う。この相続登記の義務化と呼ばれる政策は、政府が掲げる所有者不明土地問題への対策の中でも目玉の政策だが、法務省が出した通達により政策の実効性が骨抜きになってしまった可能性がある。

 さかのぼると、相続登記の義務化を行う際に一番の論点になったのが、政策の実効性をどう確保するかであった。相続登記を義務化したとしても、相続人が実際に相続登記を行わなければ何の意味もない。そのため、どうやって義務化の実効性を担保するべきかが、法制化の段階から侃々諤々(かんかんがくがく)と議論された。

 そのうえで、今回の義務化法制では、最終的に、義務に違反した場合に10万円以下の罰則(過料)を科すことにより、義務化の実効性を担保することになった。

 もっとも、法務省が発出した通達によると、罰則を科す案件は、義務違反者に対し相当の期間を定めて催告し、その催告にもかかわらず相続登記されないものに限られるとのことである。言い換えれば、この催告に応じて相続登記をすれば、3年以内に相続登記をしなくても、罰則が科されることはない。しかし、これでは、わざわざ法律で3年という期限を設けた意味がない。

「自己申告」の場合のみ?

 さらに問題なのが、義務違反の摘発の方法である。通達では、違反を摘発する端緒として、相続登記申請の際に、①申請書記載の不動産と、②申請書添付の遺産分割協議書等に記載の不動産──を比較して、申請書に記載漏れ(申請漏れ)があった場合に限り摘発するとされている。

 例えば、②の遺産分割協議書には宅地と山を相続人Aが相続すると書かれているのに、相続人Aからの①の相続登記の申請書には宅地しか記載されていない場合(山について相続登記の申請が漏れている場合)に摘発が行われることになる。しかし、ある司法書士によると、義務化施行後に司法書士が関与する案件で、このような申請漏れをするケースは考えにくいとのことである。

 そのため、実際に摘発がなされるのは、個人が、田舎の山林などの本当は相続したくない不動産の遺産分けが記載された証拠である遺産分割協議書を示しつつ、相続登記の申請書にその不動産を記載しないという事案である。いわば、相続人が義務違反を自己申告しているような事案のみが摘発の対象になるということである。

 このような摘発方法は、突き詰めれば、まったく相続登記を申請しない人を国側で摘発することができないことを意味する。これでは、相続登記をしないほうが得をするというモラルハザードを引き起こしかねない。

 このような通達が出された背景には、罰則付きの義務化に対する国民の反発を避けたいという国側の思惑や、十分な摘発を行うためのマンパワーが国側(具体的には、全国の法務局)に不足していることがあるように思われる。いずれにせよ、このような摘発方法であれば、実際に過料まで科されるという案件は極めて少なくなる可能性が高い。

 仮に、相続登記の義務化の実効性を確保するために設けられた罰則手続きが、通達で骨抜きになってしまったとすれば、相続登記の義務化の実効性の鍵を握るのは相続人の勤勉さしかない。「法律で義務化になった以上、相続登記は行うべきだ」という法意識(コンプライアンス意識)だけが頼みの綱である。

 もっとも、今後に国が発表する制度の運用状況に関する統計情報などで、実は過料が科されることはほとんどないと分かってしまうと、逆に制度への不信感につながりかねない。国民への過度な負担は避けなければならない一方で、所有者不明土地問題は解決しなければならない重要な社会課題である。両者の絶妙なバランスを図るためにも、今後の統計情報や運用状況には細心の注意を払う必要がある。

(荒井達也〈あらい・たつや〉荒井法律事務所弁護士)


週刊エコノミスト2024年4月16・23日合併号掲載

相続登記義務化 登記の実効性 抜けない「伝家の宝刀」で違反時の罰則は骨抜きか=荒井達也

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