経済・企業 中国EV

米国進出目指す中国の自動車・部品各社はメキシコを生産拠点に 湯進/太田浩文

2023年9月8日、米イリノイ州で行われた国軒高科の同州工場の投資セレモニー(左から5人目が李縝董事長、同社提供)
2023年9月8日、米イリノイ州で行われた国軒高科の同州工場の投資セレモニー(左から5人目が李縝董事長、同社提供)

 中国の自動車・部品メーカーは、メキシコに生産拠点を構築し、北米自動車市場進出への足掛かりとする考えだ。

ほぼゼロ関税の新貿易協定「USMCA」狙い

 2024年2月末に東京ビッグサイトで開かれた蓄電池の国際展示会「BATTERY JAPAN」で、中国大手電池メーカー、国軒高科(車載電池世界8位)の李縝(リシン)董事長と話す機会があった。日本に電気自動車(EV)向けリチウムイオン電池や家庭・工場用蓄電池の供給を強化する一方、米国で電池新工場を計画通りに稼働させることに自信を持っているようだった。経済安全保障の観点から米国が中国のEV関連企業に対して強硬路線を取っているなか、李氏の発言は少し意外だった。

 投資規模20億ドル超の同社の米イリノイ州工場は車載電池用の電池セルが年産40ギガワット時、電池パックが同10ギガワット時を計画しており、24年に稼働する予定だ。イリノイ州は国軒に5億3600万ドルの補助金を支給する一方、相場の2割増となる賃金で2600人の雇用を創出することを求める。20年に独VW(フォルクスワーゲン)から約26%の出資を受けた国軒は22年に米ミシガン州に電池材料工場を設置し、中国の競合相手よりも北米展開で比較的、先行している。「VWのお陰で当社の国際的な信用力につながるが、米国と共同で産業を発展させるという認識が重要だ」と李董事長が米国事業を語った。

 巨大な中国市場で競争力を構築した中国のEV・電池メーカーが相次いで海外輸出に取り組み、東南アジア、欧州、南米で影響力が拡大しつつある。米国進出を巡っては、州政府や中国企業の駆け引きも激しくなっている一方、メキシコへの進出が増加しつつある(図1)。日本車の牙城といわれる米国では、日本勢が23年に新車販売550万台を超え、米国新車市場全体で3分の1のシェアを握っている。中国EVがメキシコを活用して対米の迂回(うかい)輸出を実現すれば、日本車の市場優位を崩すことが起こるかもしれない。東南アジア市場への攻勢や欧州での現地生産に続き、中国車の北米戦略が日本自動車業界から強い関心を集めている。

中国製に高い関税

 世界の自動車生産では、特定地域で部品を生産して世界中に供給するサプライチェーンが形成され、中国から米国への自動車部品輸出も多かった。コロナ禍以降、中国EVメーカーは自国のサプライチェーンの競争力を生かし、車両の高い価格競争力を実現した一方、ソフトウエア、インフォテインメント(車内での情報娯楽)、コックピット、運転支援システムなどのスマート技術と乗車体験でも日米欧自動車メーカーを凌駕(りょうが)する勢いをみせている。

 一方、米トランプ前政権は18年に通商拡大法301条に基づき、自動車部品を含む幅広い中国産品に対して高い関税率を賦課し、バイデン政権下でも厳しい対中通商政策を維持している。22年8月に成立したインフレ抑制法は、米国の消費者が購入するEVに1台当たり最大7500ドルの税額控除を認める一方、EVに組み込まれる車載電池などの一定比率以上を北米で製造・組み立てることなどを求めている。そのため、中国勢は電池や材料の現地生産を通じて、米国の自動車メーカーへの供給につなげようとしている。なかでも欧州色を強める国軒高科は、海外展開しやすい立ち位置にあるが、全体としては中国資本の工場建設が依然困難な状況となっている。

 車載電池中国最大手のCATLは20年から米国で電池工場の建設を検討し始めたが、中国産電池材料の調達に厳しい制限が課された。その渦中の23年2月、米フォード・モーターが35億ドルを投じてミシガン州に電池工場を新設しCATLの技術支援を受けると発表した。しかし、対中強硬姿勢を強める共和党議員から批判されていたため、工場の生産規模は当初計画から4割縮小して26年に稼働することになった。米ゼネラル・モーターズ(GM)や米テスラもフォードと同様の方式でCATLとの協業を検討中とみられる。米中摩擦によるサプライチェーンの分断が顕在化するなか、その協業スキームが米中双方にとっては現実的な対応となっている。

 また中国EV大手のBYDは15年からカリフォルニア州で大型EVバスを生産しているものの、乗用車市場への進出には至っていない。中国電池大手の恵州EVEエナジーは、米大型トラックメーカーのパッカーなどの3社と合弁で商用車向け電池に参入した。すなわち米国インフレ抑制法の要件をクリアしても安心できず、中国企業は米国の制裁対象となる可能性があるからだ。

 こうした米中対立を背景に、調達先を米国と経済協定を結ぶ友好国に切り替える動きが進んでいる。23年の米国貿易収支をみると、中国からの輸入額は前年比2割減の4272億ドルで、12年以来の低水準となった。一方、メキシコからの輸入額は前年比4.6%増の4756億ドルと過去最高を記録し、輸入額全体に占めるシェアは15.4%に高まり、中国を抜いて首位に躍り出た。

新貿易協定「USMCA」

 メキシコは1980年代以降、外資規制緩和、関税自由化、割安の生…

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