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芝浦工大柏中学高校の挑戦 探究学習で全国トップ級 浜田健太郎

「百聞は一見にしかず」。先進的な教育を実践していることで教育関係者の評価も高い芝浦工大柏中学高校を取材した偽らざる感想だ。

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 いま小学校から高校までの教育現場で、「令和の大改革」とも呼ぶべき試みが始まっている。文部科学省が2020年から順次導入した「総合的な学習(以下、探究学習)」だ。

 探究学習とは、「横断的・総合的な学習を行うことを通じて課題を解決し、生きる資質・能力を育成すること」(文科省サイト)。かつてのような、教科書を通じて教師から一方的に学科を教えてもらうのではなく、生徒が自らテーマを設定し、解決の道筋を探るというものだ。

 高校では22年4月の学習指導要領(中学は21年4月)で必修化された探究学習で、先進的な教育を実践している学校がある。芝浦工業大学柏中学高等学校(千葉県柏市)だ。同校は、将来の科学技術人材を輩出するため、先進的な理数教育を実施する「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校」でもある。

 筆者は偶然にも、同校の近隣に住んでおり、最寄り駅などで元気のよい「シバカシ生」たちを身近に見かけていた。しかし、彼ら彼女らは、単に元気がよいだけではなかった。探究学習における全国大会の「高校生国際シンポジウム」で、優秀賞や最優秀賞を毎年のように受賞する強豪校に通う生徒たちだった。「灯台下暗しではいけない」と考え、同校を取材した。

生徒の自発性引き出す

「主体性に任されていて、『やりたい』と言ったことは応援してくれることが気に入っている」──。同校を取材中に図書室にいた女生徒はこう話した。高3の小口珠央さんは今年2月に行われた高校生国際シンポジウムで優秀賞を獲得した。テーマは「初夏の気温を考慮したサクラの開花時期予測に関する生物統計学的考察」。サクラの開花時期について、各年の気象条件に規則性を抽出できるのかがテーマだという。「気温データであれば、気象庁がすごく長い年月の記録を取っていたので、それらを使いながら、『R(統計やデータ解析に特化したプログラミング言語)』や統計方法も調べて勉強した」(小口さん)という。来年受験を控えた小口さんは、「生物、生命環境系の学科」への進学を意識しているという。

探究学習の様子。テーマ設定で知恵を出し合う
探究学習の様子。テーマ設定で知恵を出し合う

 同校の理科教諭で広報部長を務める辻奈美恵さんは、「いちばん苦心する作業はテーマの設定。決めるまで2カ月ぐらいは費やす」(写真中)と話す。その上で、「高校1、2年生くらいだと、自然の真理を覆すような壮大なテーマを生徒たちは持ってくる。彼ら彼女らがこだわっている内容と折り合いを付けながら、テーマを探していく」と説明する。

大学院レベルの研究も

 校内を案内してくれた校長の中根正義さん(写真左)によると、「当校を見学に来る大学の先生たちは、生徒の探究学習の成果をみて、中には大学院レベルの内容があると驚く」という。

中根正義校長
中根正義校長

 そんな研究成果の一つが、「バージ型浮体式洋上風力発電の安定性」。浮体式洋上風力発電は、風車の基礎を海底で固める着床式に比べて、より低コストで発電を狙うもの。四方を海に囲まれた日本において、再生可能エネルギー普及の切り札になると期待される、科学技術における最先端分野だ。

 バージ型とは複数あるうちの浮体式発電の一つで、安定供給や低コスト化の鍵を握る洋上における設備の安定性に関して、当時高1だった生徒の一人が、知見を示した。高校生国際シンポで最優秀賞(数学・物理)を受賞した。

「この生徒は筑波大が、科学に強い関心を持つ中高生向けに行っているプログラムに中学時代から参加し、そのサポートを受けながら探究を進め賞を取った。その後、九大の総合型選抜で工学部に入学した」(中根校長)という。

 すごいのは理系だけではない。文系では「『女の決闘』三人の著作の比較と検討」が目を引いた。ドイツの作家、オイレンベルクの『女の決闘』について研究し、原語の小説と森鴎外による日本語訳、それらをパロディー化した太宰治の小説を比較検証。これも高校生国際シンポで最優秀賞(人文科学・ジェンダー)を受賞した。受賞した布施慶多さんは、今年春に同校を卒業し、秋からドイツのミュンヘン大学で数理哲学を学ぶ。

「彼は、比較研究のために、ドイツ語を独学で勉強した。もともと数学が好きで、理系、文系どちらでも行くことはできたが、哲学と数学を掛け合わせた数理哲学という学問があると知って、その学科があるミュンヘン大学に進んだ。日本の大学には目もくれなかった」(同)という。

 工科系大学の併設校ということで、同校で理科系と文化系に進学する割合はおおよそ2対1。だが、探究学習では文理の壁をやすやすと乗り越える生徒もいる。昨年2月に開催の高校生国際シンポで、「自己共振振り子の成立条件の解明の研究」で最優秀賞(数学・物理部門)を取った関唯斗さんもその一人だ。「彼はいまの日本を憂えて『官僚になる』ということで、今年4月に東京大学文科1類に進学した」(中根校長)という。

 このほか、硬軟さまざまなテーマの研究ポスターが校舎内に掲示されている様子は圧巻だ。「チューブ内の水素燃焼炎の移動速度の研究」「曼荼羅(まんだら)の研究」「少女マンガ嫉妬シーンにおけるジェンダー観」「米国の軍事介入の正当性」……。探究的学習と聞いて、「夏休みの自由研究レベルじゃないのか」などと先入観を持つと、現代の高校生たちのレベルの高さを見誤ることになるだろう。

『毎日新聞』や『サンデー毎日』などで長年教育問題を担当した記者出身の中根校長。「探究を本格的に行うと、才能が突き抜ける生徒たちが出る。そうすると教員たちは恐ろしくなって、『ちょっとやめておけ』と言いがちになるけど、当校の教員たちは、生徒の挑戦を面白がる伝統がある」と強調する。

 SSHとして、1台二百数十万円する走査顕微鏡や、化学実験室に設置された排気装置など普通の高校では望めないような充実した設備も同校の強み。中根校長によると、今後は、芝浦工大と連携し、同大学に進学した同校出身者の活躍ぶりを継続調査する試みを始めるという。

(浜田健太郎〈はまだ・けんたろう〉編集部)


週刊エコノミスト2024年6月4日号掲載

学校激変 芝浦工大柏中学高校 探究学習で全国トップ級 驚異の高校生たちを見よ=浜田健太郎

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