新事業を成功させる意外な突破口 岸本太一
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企業が経営資源を振り向ける際には、既存事業を優先し、新規事業を後回しにしがちだ。それを解決するには、ビジネスモデルの開発が突破口となりうる。
「ビジネスモデルの開発」も重要
私が教鞭(きょうべん)を執る東京理科大学の社会人ビジネススクールに通う窪田伸之助さんは、勤務先で新事業の開発担当課長と事業全体のマネジャーを兼務している。1年半前、窪田さんからこんな質問を受けた。
「新事業を活性化するにはヒト、モノ、カネといった経営資源を十分に振り向けることが不可欠です。しかし、新事業に関する業務を部下や同僚に頼んでも、『既存事業で手いっぱい』と言われ、なかなか着手してくれません。経営資源の動員が後回しにされているのです。なぜでしょうか」
理科大の社会人ビジネススクールには理系出身の技術者や新事業の関係者も数多く通う。私は他の企業に勤める学生からも窪田さんと似た悩みを幾度となく聞いていた。ゆえに窪田さんには質問を機に、私が指導者兼共同研究者になる形で1年間研究してもらうことにした。
研究を進めると、企業が経営資源を配分する先として新事業を後回しにしがちな直接的な原因は、組織構造や人員の配置、社員の評価制度といった内部組織の特徴にあることが分かった。しかし、窪田さんのようなミドルマネジャーの立場では、内部組織の特徴を変更することは困難であることも見えてきた。経営層とは異なり、ミドルは社内の制度や仕組みを変更する権限やパワーを十分に持っていないからである。
他にすべはないのか。手がかりを求め、窪田さんと私はミドルが主導し、経営資源を新事業に振り向けさせることに成功した例を探索した。その結果、発見することができた。意外なことに、その例では現場の業務から離れた「ビジネスモデルの開発」が成功の突破口になっていた。
成功事例で見られた論理
我々が見つけた成功事例とは、野村不動産の「PMO事業」の事例である。同社は2005年ごろ、オフィス賃貸ビジネスの新事業として「プレミアム・ミッドサイズ・オフィス」の略称である同事業を構想し始めた。同事業はその後、大きく花開いて住宅分譲事業と並ぶ主力事業に成長している。
窪田さんと私は今年6月の組織学会で、この事例研究の成果に基づく発表をする。本稿ではその内容を活用する形で、ビジネスモデルの開発が新事業に経営資源を振り向けることにつながった論理のエッセンスを紹介する(図)。
資源の振り向けの活性化につながる活動の中心人物は、オフィス賃貸事業の営業部に在籍していたミドル以下の社員数人だった。彼ら彼女らはまず数人の社員とともに、PMOというビジネスモデルコンセプトを創造した。
当時、オフィス賃貸市場では広さと品質が比例する傾向にあった。一方、PMO事業のビジネスモデルのコンセプトは中規模にもかかわらず高品質な賃貸オフィスを都心で展開するというものであり、斬新だった。同業他社が進出していない事業でもあった。
ビジネスモデルコンセプトを構想した社員が事業化を検討する非公式な勉強会を始めた際、コンセプトに魅力を感じた社員がさまざまな部署から集まった(図の①)。また、新事業を始めるために必要な用地や資金、人材などを経営層に求める際も、強力な武器となった(②)。
ビジネスモデルと内部組織、資源動員の間の因果関係はこれで終わらなかった。その後、非公式の勉強会でビジネスモデルを精緻化した(③)。例えば、構想し始めた初期段階では、竣工したオフィスビルを野村不動産が自社資産として保有するモデルを想定していたが、後に系列の不動産投資法人に売却するモデルに変更した。…
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週刊エコノミスト
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