下院過半数を逃したモディ政権3期目 保護主義化とポピュリズム化に懸念 斉藤誠
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人口世界一となり「グローバルサウスの盟主」として振る舞うインドのモディ首相は、独立100年目の2047年までに先進国入りする目標を掲げる。ただ、目の前の経済政策運営には多くの課題が立ちはだかる。
深刻化する若年層の失業問題
インドで5年に1度行われる総選挙が6月4日に開票された。ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)が240議席、友党を合わせた与党連合・国民民主同盟(NDA)で293議席を獲得し、与党連合は下院の過半数(272議席)を上回り勝利した。事前の出口調査では、BJPの圧倒的勝利が予想されたが、実際は63議席減らして下院の過半数に届かなかった。
事前予想を裏切る選挙結果となったが、モディ政権は3期目に入る。インド国民は2期10年続いたモディ政権の実績に満足してはいないものの、及第点を付けたとみるべきだろう。人口14億人超と昨年、中国を抜いて世界一となったとみられるインドは現在、主要国で世界最速の経済成長スピードを誇る。国際通貨基金(IMF)によると、2025年に日本、27年はドイツを追い抜いて世界第3位の経済大国になると予測されている。
モディ首相は14年の政権発足時から「メーク・イン・インディア」をスローガンに製造業振興キャンペーンを展開する傍ら、数々の経済改革を実行してきた。具体的には、外国直接投資の規制緩和や計画委員会の廃止に始まり、破産倒産法の施行(16年)、物品サービス税(GST)の導入(17年)、国営航空会社エア・インディアの民営化(22年)などが挙げられる。
また、インド版マイナンバー(アドハー)などと連携させ公共サービスに活用する「インディア・スタック」を通じて本人認証による銀行口座の開設と、直接現金給付策を実現したほか、積極的なインフラ開発を推し進め、ビジネス環境は着実に改善した。
実際、世界銀行が各国のビジネス環境を評価した報告書「Doing Business」によると、インドのビジネス環境ランキング(190カ国対象)は14年の142位から20年には63位へと大幅にアップした。ビジネス環境が改善して成長期待が高まり、海外からの直接投資は前政権から倍増し(図1)、政権1期目は平均成長率が7.4%の高成長だった(図2)。2期目は新型コロナウイルス禍で経済が落ち込んだが、21年度以降は7%超の高い経済成長が続いた。
グローバルサウスの盟主に
モディ首相は国際社会における指導者としても国民の評価が高い。インドは昨年、主要20カ国・地域(G20)サミットの議長国を務め、ロシアのウクライナ侵攻を巡って意見が対立する中、とりまとめの難航が予想された首脳宣言の採択にこぎつけた。伝統的な友好国であるロシアへの非難を避けつつ、米中対立を背景にインドと協力関係を築きたい西側諸国にも受け入れ可能な表現でとりまとめたことが奏功した。
また、昨年1月には「グローバルサウスの声サミット」をオンラインで開催し、125カ国を集めてG20に向けた意見交換を行った。モディ首相は途上国に寄り添う「グローバルサウス」の盟主として振る舞い、欧米やロシア・中国とも一定の距離を保ちつつ独自外交に成功しており、昨年はインドが国際社会の中で存在感を飛躍的に高めた一年となった。
ただ、これまでモディ政権には経済合理性に欠ける政策判断が散見された。ブラックマネーの撲滅を目的に実施した16年の高額紙幣廃止や、コロナ禍当初に全国で実施された厳格なロックダウンは、インドの社会経済に大きな混乱を引き起こすこととなった。
また、19年には、日本やASEAN(東南アジア諸国連合)など15カ国が参加する地域的な包括的経済連携協定(RCEP)交渉からの離脱を表明したほか(RCEPは22年1月発効)、製造業振興を旗印に関税を引き上げるなど保護主義的な姿勢が目立った。保護貿易政策は短期的には国内産業を保護して国民に支持されるが、中国に代わる「世界の工場」にはなり得ず、長期的にはインドの産業競争力が低下するリスクがある。
総選挙で高成長は良いアピールとなったが、その恩恵は一部の富裕層に集中しているとの批判がある。成長から取り残された農村部や社会的弱者層は22年から続く物価上昇により生活苦にあえいでおり、また人口増加のペースに雇用創出が追いつかずに若年層(とくに高学歴層)の失…
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週刊エコノミスト
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