廃墟寸前マンションにも居住者 管理費・修繕積立金の滞納増える 荒木涼子/佐々木城夛・編集部
海に面した通り沿いから、草が雑多に生えた植栽を横目にマンションに近づくと、外壁タイルが1列まとまって落下したのか、駐車場脇に散乱していた。かつて自動扉だっただろう建物の玄関は、新たに木の板でドアが追加され、南京錠で戸締まりしているようだ。赤さびた郵便受けには古いクモの巣が何層にも張り巡らされ、エレベーターは故障していた──。
大阪府南部の海沿いに建つ、築33年で鉄筋コンクリート造8階建て、約20戸の区分所有マンション。マンション管理士の小堀将三さん(69)が2022年、府から「管理の立て直しを」と要請されて現場に足を運ぶと、海鳥の声や波の音の心地よさとは対照的に、廃虚寸前の光景が広がっていた。府によると、それでもまだ数人の居住者がいるという。
非常用の外階段しか上階に進む手立てはない。外階段から各フロアの中に入ろうとすると、非常扉は赤さびで「ギギーッ」と鳴った。屋上にはエレベーターの機械室があるはずで、状況を確認しようと草が生い茂る外階段を進むと、海鳥のフンや卵の殻も足元に散乱していた。扉が開いたままの機械室に踏み入ると同じくフンや羽毛まみれの“元”巻き上げ機にたどり着いた。
その後、小堀さんが区分所有者を1件1件訪ねていくと、居住者数人以外には、数カ月に1度マンションに訪れる区分所有者やすでに解散した法人名義の所有者が判明。分譲当時の管理規約こそあるが、管理組合は当初から作られておらず、修繕積立金などの管理費はいつの間にかどこかへ消えていた。それゆえ、区分所有者同士の信頼関係もなく、小堀さんが立て直しに入って以降も、積立金の徴収はできていない。
小堀さんは「マンションの劣化は待ってくれない。修理にしろ、解体にしろ、周辺への危害を防ぐには一刻の猶予もないが、区分所有者が動かない限り、どうにもならない」と肩を落とす。
「段階増額」の割合高く
全国で老朽化するマンションは増え続け、国土交通省によると22年末時点で全国のマンション総戸数約694.3万戸のうち、築40年以上は2割弱の約125.7万戸にのぼる。20年後には445万戸に増加する見込みで、廃虚化する予備軍も各地に潜むとみられる。和歌山・高知両県でも活動する小堀さんは「高齢化、過疎化が進む地方から、廃虚寸前のマンションは増えるだろう。今が食い止めるラストチャンスでは」と話す。
20年には滋賀県野洲市が、市内の廃虚化したマンションを空き家対策特別措置法に基づき行政代執行によって解体に追い込まれた。解体にかかった費用は3階建て9戸の建物でも1億1800万円。今後も各地で管理不全や廃虚化するマンションが続発すれば、地方自治体にとって重すぎる負担となる。そして、誰しもがある日突然、管理に行き詰まったマンションを相続するリスクを抱えることになる。
管理不全を防ぐには区分所有者のコミュニティー形成が不可欠だが、何より管理費や修繕積立金の計画的な徴収が基礎となる。国交省が今年6月に公表した5年に1度の「マンション総合調査」(23年度)によれば、25年以上の長期修繕計画に基づいて修繕積立金を設定するマンションの割合は59.8%と、前回18年度調査の53.6%から上昇した。一方、今後問題となりそうなのがその積立方式だ。
図1のように、築年数の浅いマンションほど「段階増額積立方式」の割合が高く、毎月の負担額がほぼ変わらない「均等積立方式」の割合は減り続けている。段階増額積立方式は新築分譲時は修繕積立金が低額なため入居者の負担感は薄いが、その後の値上げには入居者の合意が必要になり、管理組合は入居者からの抵抗に遭いやすい。
土地・住宅政策に詳しい大阪経済法科大学の米山秀隆教授は「築年数の浅いマンションで段階増額積立方式が増えたのは、マンション価格の高騰を受けて開発業者が少しでも初期費用を安く見せようと考えて設定した可能性がある。修繕積立金が不十分なマンションが今後増える可能性があり、問題がいっこうに改善していない」と話す。
さらに問題を深刻化させそうなのが、管理費や修繕積立金の滞納動向だ。編集部が13、18、23年度のマンション総合調査で「管理費または修繕積立金で3カ月以上の滞納あり」と回答した管理組合の割合をマンションの築年代別に区切って調べたところ、大半の築年代で18年度に比べ23年度は滞納割合が増加した(図2)。価格高騰期に身の丈を超える物件を購入したからか、築年数の浅いマンションでも滞納割合が増えている。
多数決の「健全な機能」を
土地・建物を区分所有者が共同で管理するマンションは、何より区分所有者同士の信頼関係の構築が肝になる。だが、実際には価値観も世帯構成も所得・資産の状況も異なる多様な人々が集合する。マンションに対する考え方も、「資産価値を高く維持したい」「できるだけ長く住み続けたい」などそれぞれだ。ささいなことから感情的にもつれ、管理に行き詰まるマンションは珍しくない。
マンション管理の問題に詳しい桃尾俊明弁護士は「『所有者全員にとっての良い管理』は幻想であると割り切り、管理組合の意思決定では『多数決が健全に機能すること』を目指すべきだ」と話す。そのうえで「管理がうまくいく特効薬はない。結局は日常生活でのあいさつなど、普段から区分所有者の良好な関係を作ることが遠回りのようで近道だ」と話す。
(荒木涼子・編集部)
(佐々木城夛・編集部)
週刊エコノミスト2024年7月16・23日合併号掲載
マンション管理&空き家 “廃虚寸前”でも居住者が… 立て直しへ最後のチャンス=荒木涼子/佐々木城夛