35人学級化には多くの「便益」がある 北條雅一
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1クラス35人学級は長年にわたる教育の課題だったが、ようやく来年度に小学校全学年で実現する。この効果を過小評価してはならない。
戦後教育システムに関わる重要政策
2021(令和3)年度以降、公立小学校では、1クラスの上限人数を35人とする少人数学級の導入が段階的に進んでおり、25年度には全学年の35人学級化が完了することになっている。
公立小学校の35人学級化が実現した背景には、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の感染拡大があった。学校における「3密」状態(密閉、密集、密接)を回避しなければならないという社会的な要請は、文部科学省にとって積年の課題であった少人数学級の実現を強力に後押ししたのである。
公立小・中学校の1クラスの上限人数は、法的には「学級編制の標準」と呼ばれている。つまり、前述の35人学級化は、小学校における学級編制の標準を40人から35人に引き下げることを意味している。そして、この学級編制の標準は、1クラスの上限人数を定めるだけにとどまらない。学級編制の標準から割り出された学級数に基づいて、各学校に配置される教職員の人数(教職員定数)が決定される仕組みとなっている。すなわち、学級編制標準の引き下げは、配置される教職員数の増大を自動的にもたらすことになる。
「すし詰め学級」からの出発
表(拡大はこちら)は、学級編制標準の引き下げの歴史を簡潔にまとめたものだ。第1次ベビーブーム世代(1947〜49年生まれ)が就学し始めた50年代に児童生徒数が急増し、1学級50人を超えるいわゆる「すし詰め学級」の解消が義務教育最大の課題となった。58年に「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」(義務標準法)が制定され、翌年からの5カ年計画で義務教育諸学校では50人学級の実現が目標とされた。
その後、64年度の第2次計画では1学級45人、80年度の第5次計画では40人学級が目標とされたが、それ以降は、民主党政権下の2011年度に導入された小学校1年生の35人学級を除き、学級編制標準の縮小は長い間進展しなかったのである。
この間、学校現場から教職員定数の改善(教員配置数の増大)を求める声が小さくなったわけではない。にもかかわらず、長きにわたり少人数学級化を伴う定数改善が実現しなかったのはなぜか。いくつかの背景を指摘することができるが、最大の要因は「少人数学級政策は効果が不明確で、費用対効果も低い」とする認識である。
確かに、学級編制の標準を数人程度縮小するだけでも、数千億円という巨額の費用を必要とする。加えて、多くの学術的な研究において、学級規模の縮小が生徒の学力を高めることが確認されるものの、同時にその効果量は決して大きくないと解釈されてきた。要するに少人数学級政策は、巨額の費用がかかる割には大した効果が期待できない、コストパフォーマンスの悪い政策であると考えられてきたのである。
コストパフォーマンスの良しあしを検討する際に難しいのは、便益がどれほどかを見積もることである。コストは金額がはっきり出てくるのでわかりやすいが、効果の多くは非金銭的で、かつ多岐にわたる場合もあるため、金額に換算することが難しい。
フィットネスジム通いを例に考えてみよう。コストは、例えば月額数千円と簡単に算出できる。他方、効果については、体力の向上や健康状態の改善、ストレスの解消、新たな仲間との出会いなど、さまざまなプラスの効果が想定されるものの、それらを金銭的に評価して合計することは難しい。金銭的に評価できるのは、自宅での入浴回数が減ることによる…
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週刊エコノミスト
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