経済・企業 学者が斬る・視点争点

戦略開発による新技術の復活 岸本太一

 企業が新技術を実用化する際には、技術開発や営業活動に注力しがちだ。しかし、戦略を並行して開発すると、成功や復活の可能性が高まる。

技術の成果は戦略次第で変化

 近年、日本企業でこんな悲しい現象が相次いでいる。苦境から起死回生を狙って新技術の開発に着手した結果、技術の面では画期的と評価される新技術の創出に成功した。新技術を活用した製品の営業も活発に行ったが、売り上げは一向に伸びない──。

 私が日々教鞭(きょうべん)を執る東京理科大学の社会人ビジネススクールの正式名称は、大学院経営学研究科技術経営専攻(MOT)という。学生には理系出身の技術者や新事業に従事する会社員も多い。彼らからはこの種の悩みに近い話を頻繁に聞く。

 そのような状況に陥った場合、社内では新技術の実用化からの撤退論が浮上しがちだ。しかし、そう結論づける前に今一度見直してもらいたいことがある。戦略である。新たな戦略を開発することで、開発した新技術が復活する場合がある。理科大MOTの学生からは、この方向性を取ることで希望の光を見いだした事例も聞いた。

 私は2022年10月、研究・イノベーション学会でこの事例に基づく研究を発表した。ここでは、そのエッセンスの一部を紹介する。

戦略開発で復活した実例

 ここで紹介する事例は、理科大MOTの修了生、斎藤進さんが06年から社長を務めるメーカー、フィーサ(東京都大田区)が開発した新たな部品である。

 00年代前半、フィーサの静電気除去器事業は、相次いで新規参入した大手企業との競争が激化して赤字に転落した。同社は危機を打開する目的で、産業技術総合研究所と共同研究を始めた。成果として生まれたのがフィルム状イオン発生素子「イオンブレード」という静電気除去器のコア部品だった。

 イオンブレードには、フィルム状で薄くて曲げられる▽必要な電圧が低くて済む▽点ではなく面でイオン(電気を帯びた原子)を大量放出できる──といった革新的な機能や強みがある。

 同社は06年、イオンブレードを組み込み、メンテナンスが要らないという利点が加わった新型の静電気除去器を発売。社運を懸けた製品と位置づけ、顧客の開拓を試みる営業活動を活発に実施した。

 だが、大手企業に奪われた顧客をほとんど奪還できずに、新製品は終売となった。顧客はメンテナンスが要らない点に大きな価値を見いださなかった。顧客のニーズはむしろ、大手企業が差別化要因としていた価格の安さや、イオンの量をコントロールする機能などにあった。

 同社にはこの時点でイオンブレードの活用をやめるという選択肢もあったが、斎藤さんは打開策を必死で模索した。その結果、イオンブレードを静電気除去器に組み込まずに部品単体で販売するというアイデアが生まれた。

 同社は最後の望みを懸け、部品売り戦略への転換を実行した。結果としてイオンブレードは復活し、従来品と比較した強みや新機能を発揮できるようになった。

 薬剤分包機は象徴例の一つである。薬剤分包機のユーザーは静電気除去器のユーザーとは異なり、メンテナンスの回数を減らすことを強く望んでいた。そのような状況であったため、フィーサが部品売り戦略に転換するとすぐに薬剤分包機メーカーから商談が舞い込んだ。

 もう一つの象徴例は脱臭機の事例だ。イオン発生素子にはイオンだけでなく、脱臭効果があるオゾン(酸素原子3個からなる気体)を発生する機能もある。イオンブレードは点ではなく面でオゾンを大量放出できるため、脱臭機能が従来の素子より高く、コストも低い。この優位性から、脱臭機メーカーと新規の取引ができるようになった。

 他方、展示会に…

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週刊エコノミスト

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